ワタナベ(65歳、元会社員、名古屋在住)
父が亡くなって三年。この家に住む。父が残した、というより、三十年かけて直してきた家という方がしっくりくる。一つまた一つと手を入れ続けた手跡が、まるで地層のように家を形作る。
最初の大きな工事は外壁だった。二十五年前、板張りだった壁は塗壁に。白いペンキが塗られた表面には、父が何度も塗り直した痕が残る。その頃には、二本の柱が白蟻にやられていたらしい。父は太い杉材を仕入れ、二十年前に手直しをした。まっすぐに立つ杉の木肌は、今も力強い。
十五年前、屋根の瓦は金属へ葺き替えられた。雨音が柔らかくなったのを覚えている。十年前には、畳敷きだった和室の床が無垢の板になった。夏はひんやり、冬は床暖房の熱がじんわり伝わる。襖は障子に替わり、光が部屋の奥まで届く。玄関の引き戸は木製からアルミサッシに変わり、すきま風が入らなくなり慣れた。窓枠も順番にアルミ製に入れ替わっていった。
給湯器は三度交換した。お湯がすぐに沸かなくなったと言って、父は業者を呼んでいた。父の足腰が弱り始めた頃、家中の壁に手すりが取り付けられた。トイレ、長い廊下、玄関の上がり框。台所のシンクの横にも、ちょうど良い高さで。父の動線が、そのまま家の形を少しずつ書き直していった。彼は几帳面で、業者とのやり取りも細かく記録していた。
三年前に父が亡くなり、私がこの家を受け継いだ。先月、台所のステンレスの流しを交換。これも、父が交換しようと見積もりを取っていたものだ。新品の流し台は、前のものより一回り大きく、使い勝手が良い。父の心残りを一つ、私が引き継いだ気持ちだった。
この家で、父が手を加える前の姿を留めているものを数えてみる。仏壇。庭の柿の木。玄関の柱に掲げられた、父が達筆で書いた木の表札。庭の使っていない井戸の蓋になっている、分厚い板。亡くなった母が使っていた文机。父の本棚。それくらいだ。もともとの家は、どこまでが残っているのだろう。
ある日、東京の娘が孫と遊びに来た。改装された和室を見回し、娘は言った。「お父さん、ここ、もう実家って言えるの?」娘は笑っていたが、私にはどう答えていいか分からなかった。ただ、答えないまま、襖を一枚、ゆっくりと開けた。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。