トベシュウヘイ(41歳・空港の手荷物ハンドリング19年)
旅客がカウンターで鞄を預けると、鞄はベルトに乗って壁の向こうへ消える。その壁の向こうにいるのが、俺たちだ。十九年、地下の仕分け場で鞄を積み、降ろし、また積んできた。旅客は俺たちを見ない。俺たちは旅客の鞄しか見ない。
仕分け場のベルトは、途中で何度も枝分かれする。タグのバーコードを読んだ機械が、行き先別にレーンを振り分けていく。同じ便の鞄が一つのレーンの先に集まり、そこで俺たちが待っている。流れてくる鞄を、コンテナ——俺たちはULDと呼ぶ、アルミの箱だ——に積んでいく。それが朝から晩まで続く。
二〇〇七年、二十二歳でこの会社に入った。最初の数日、俺は流れてくる鞄を、たぶん荷物として扱っていたのだと思う。ベルトの端で受けて、コンテナへ放る。リズムよく、効率よく。先輩がそれを見ていた。何も言わずに、しばらく見ていた。
昼休みの前に、先輩が一つだけ言った。「鞄は客だ。投げるな、置け」。それだけ言って、自分の持ち場に戻っていった。俺はその意味を、しばらく考えていた。鞄は客だ。ベルトの向こうにいる、顔の見えない誰かが、この一個の中に旅を畳んで入れている。投げるな。置け。午後から、俺は鞄を置くようになった。
積み付けには順番がある。重い物を下に、軽い物を上に。そして、最後に降ろす便の鞄を、コンテナの奥に。先に着く空港の鞄を手前に置けば、乗り継ぎのときに奥まで掘らなくていい。鞄は、降ろされる順番の逆に積まれていく。旅の終わりから、俺たちは荷を組み立てているわけだ。
雨の日は、コンテナに幌をかける。割れ物のタグが貼られた鞄は、上に、何も載せない場所に置く。タグの色を見て、手が勝手にその位置を空けるようになるまで、たぶん一年。雨に濡れた幌の重さ、割れ物タグの角の折れ方、そういうものが、いつのまにか体に入っていた。
出発便の貨物室の扉を閉めるのは、俺たちの手だ。腹の中に鞄を収め、扉を引き、ロックする。その瞬間から、鞄たちは俺の手を離れる。空の上で何が起きるか、どこの誰の手に渡るか、俺は知らない。鞄の旅の続きを、俺は見ない。扉を閉めるたび、飛行機が青空に吸い込まれていくのを見送るたびに、少しだけ、置いていかれるような気持ちになったものだった。
プッシュバックのあと、機体が小さくなるまで見送る決まりがある。建前は安全確認だ。エンジンに異常がないか、漏れがないか、滑走路へ向かう機体を目で追う。でも、手を止めて遠ざかる飛行機を見ているあの数十秒は、たぶん見送りでもあったのだと思う。俺が奥に積んだ鞄が、誰かの旅の終わりに、ちゃんと最後に出てくるように。
あれから十九年、俺は鞄の観察者になった。先輩のあの一言が、俺をいまの俺にしてくれたのだと思う。顔の見えない旅客の旅を、見えない地下で支える——その誇りが、今日も俺に鞄を置かせている。ベルトの向こうに消えていく鞄の、さらに向こうに、俺はいる。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。