トコナミハジメ(45歳・通関士23年)
私は申告書に番号を書く人間だが、その番号が現物と合っているかを確かめる場所が、税関の検査だ。水際を守るという言葉がある。国境の最後の一線で、書類と本物を突き合わせる。私はその立ち会いに、もう何百回と出てきた。書類の上のモノが、本物のモノと同じであることを、自分の目で確かめるために。
朝、まず検査区分の通知が来る。申告した一件ごとに、書類審査で済むか、現物検査になるか、税関のシステムが振り分ける。区分が出るまでの数分が、毎朝いちばん緊張する時間だ。現物検査になれば、その日の段取りが組み変わる。船も、トラックも、私の昼飯も、振り分けの一行で決まる。通知を見て、私は静かに息を吐く。
検査場でコンテナの扉を開ける。観音開きの鉄の扉を引くと、いちばん手前の一面が見える。その最初の一面で、荷主の性格がだいたい分かる。箱の角がぴたりと揃い、ラベルが全部こちらを向いていれば、几帳面な現場だ。隙間に緩衝材が雑に突っ込まれていれば、急いで詰めたのだろうと思う。荷物は、詰めた人の手つきを、最初の一面に残している。
税関の職員が、どの箱を開けるかを指定する。全部は開けない。山の中ほどの一箱、扉際の一箱、と指でさす。私は作業員に頼んで、その箱を下ろしてもらう。開けて、中を見て、品名と数量と番号を照らす。確認が済んだら、詰め直すところまでが立ち会いの仕事だ。開けたものを元の通りに戻して、扉を閉めて、はじめて終わる。
近ごろは、開けずに済む検査が増えた。大型のX線検査装置にコンテナごと通すと、透視の画像が出る。貨物が影になって写る。密度の濃いものは黒く、薄いものは灰色に。経験を積むと、影の輪郭で中身の見当がつくようになる。申告どおりの形が、画像の中に整然と並んでいれば、扉を開けずに通せる。何も出ないことを、影で確かめる。
箱を開けたとき、職員が「これは何ですか」と訊くことがある。見慣れない部品、用途の分からない器具。そういうとき、即答できるかどうかが効いてくる。これは何の機械の、どの部分で、何に使うものか。私は扱ってきた品目の知識を総動員して、その場で答える。即答の積み重ねが、税関との信用になっていく。言葉に詰まれば、疑いが残る。
検査が終わると、今度は搬出の時間を組み直す。検査で半日狂えば、本船の積み込みに間に合わないかもしれない。トラックの配車も、ずれた分だけ後ろにずれる。一件の検査の遅れが、次の便、その次のトラックへと玉突きで響いていく。私は電話を何本もかけて、狂った時間を縫い直す。物流は、一か所が止まると、全部が少しずつ遅れる。
立ち会いの大半は、何も出ない。書類どおりのモノが、書類どおりに入っている。それを確認して、扉を閉めて、私は検査場を出る。何も出なかった、という結果のために、私は朝から半日を使う。けれど、何も出ないことを誰かが確かめているから、国境は流れる。何も出ないことの確認が、私の仕事なのだ。
二十三年、私は番号を付け、その番号を現物の前で確かめ続けてきた。検査は、書類と本物が出会う場所だ。そこに立ち会い、合っていることを見届けて、また次の一件へ向かう。水際の静けさは、何も起きなかった静けさだ。そして私は、その静けさを守る側に、いつのまにか立っていたのだと思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。