トコナミハジメ(45歳・通関士23年)
食品には、関門が二つある。税関で関税の番号を付けるのが一つ。もう一つは検疫所で、食品衛生法の審査を受ける。私はまず検疫所の食品等輸入届出を先に出す。検疫が止まれば税関の番号はどのみち通らないから、順序は決まっている。届出の控えが返ってきて、はじめて税関へ申告書を回す。二枚の窓口の、どちらを先に動かすか。それを覚えるところから、食品の通関は始まる。
添加物で止まることがある。あるとき、鮮やかな赤のシロップ漬けの果実が来た。原材料表示に並んだ着色料の一つが、向こうの国では缶詰の定番なのに、日本では使用が認められていなかった。書類はすべて揃っていた。番号も付いた。それでも、表示のその一語があるだけで、検疫所は受け付けなかった。現地で合法のものが、机一つ分の国境を越えた途端に違法になる。私は輸入者に、この色は日本では使えないと伝えた。果実は赤いまま、港に残った。
ラベルは一行ずつ照らす。書類の原材料表記と、コンテナから出した実物の缶を、上から突き合わせる。あるとき、書類には「植物油」とだけあった。缶の側面には、別の油の名が小さく刷られていた。輸入者に問うと、製造元が原料を切り替えていて、申告の書類だけが前の油のままだった。私は缶の側面の名で書類を直させ、もう一度突き合わせた。書いてあるほうではなく、刷ってあるほうが正しい。それを直して、ようやく番号が現物に追いついた。
命令検査というものがある。違反が続いた産地の、特定の品目に、厚生労働省が全件の検査を命じる。命令がかかると、結果が出るまでその荷物は輸入できない。計算の余地はない。問題は、それが生鮮だということだ。検査機関に検体を出し、結果を待つ数日のあいだ、本体は保税の冷蔵庫に置く。私は蔵置場に電話して、あと何日この温度で持つかを訊く。結果が間に合わなければ、検査に通っても中身が傷んでいる。番号の世界に、はじめて鮮度という、待ってくれない時計が入ってくる。
冷凍の貨物は、温度まで書類になる。リーファーコンテナには航海のあいだじゅう庫内を記録する装置が付いていて、検疫所はその温度ログを出させることがある。あるとき出した一枚で、折れ線がきれいなまま、途中で三十分だけ二度ほど上がっていた。積み替えの港で扉を開けたぶんだ。私は「中継港での開扉によるもの、設定温度には未到達」と一行を添えて出した。職員は線の山を指でなぞって、うなずいた。冷凍の魚一箱の裏に、何千キロ分の折れ線と、その山一つの言い訳が控えている。
初めて食品を輸入する人が、たまに来る。海外で気に入った菓子を、「とりあえず買ってきたんですが」と袋ごと持ってくる。私は淡々と並べる。売るなら検疫所への届出が要ること、原材料を製造元から正式に取り寄せること、添加物が日本の基準に載っているか確かめること。買うのは店で済むが、通すのは窓口が二つある。たいていの人は、輸入が買い物の続きだと思って来て、書類の枚数を聞いて黙る。それから、もう一度製造元に連絡を取りに帰っていく。
食品の一件が終わるのは、検疫所の届出に受理の印が押されて、控えが手元に返ってきたときだ。番号を付け、ラベルを直し、温度の山に一行を添え、それでようやく一枚の控えになる。私はその控えを、税関の申告書の上に重ねて、二枚揃ったことを確かめる。今日もまた一件、果実か、魚か、菓子かの届出を、朝いちばんの窓口へ出しに行く。重ねた二枚の、下の一枚を作るのが、私の手だ。