トコナミハジメ(45歳・通関士23年)
世界中のモノが、いったん番号になる。輸出も輸入も、税関に出す申告書のいちばん上には、品名ではなく数字が並ぶ。HSコードという。世界共通の品目分類番号で、頭の二桁から始まって、材質と用途で枝分かれしながら、六桁、九桁と細くなっていく。私の仕事は、目の前の荷物を、その数字の樹形図のどの枝に置くかを決めることだ。国境を越えるモノは、私の決めた番号を着て出ていく。
二〇〇三年の春、私は港町の通関業者に入った。前の冬に通関士の試験に受かったばかりで、頭の中には法令と分類のルールが詰まっていた。世界とつながる仕事だと思っていた。輸出入の現場に立てば、日本と外国の間に立って荷物を流す、その大きな流れの一部になれるのだと、当時の私は素朴に信じていたと思う。
配属されてすぐ、難しい一件が回ってきた。子ども向けの、組み立て式の乗り物の輸入だった。これは「おもちゃ」なのか、「模型」なのか。HSコードの上では別の枝に属していて、税率が違う。遊ぶためのものか、精密に縮尺を再現した観賞・収集用か。境目は曖昧だった。一桁違えば、輸入者の払う税額が変わる。書類の上では、私の判断が、そのまま誰かの商売の損得になった。
私は分類のルールブックを開いて、おもちゃの枝に入れる申告書を作った。先輩に見せに行った。先輩は二十年選手で、申告書をちらりと見て、それから私の顔を見て言った。「お前、現物見たか」。私は、書類は揃っていますと答えた。先輩は立ち上がって、「来い」と言った。倉庫だった。
倉庫で、先輩は荷物の梱包を開けさせた。出てきたのは、私が書類で思い描いていたものとは違っていた。子ども向けと聞いていたのに、塗装も部品の細かさも、明らかに大人の収集家に向けた精密なものだった。書類のモノと、本物のモノが、違っていた。先輩は箱の中身を手に取って、言った。「モノを見ろ。書類のモノじゃない、本物のモノだ。番号はそれから付く」。
それでも白黒がつかない品目はある。そういうときは、税関に事前教示を求める。輸入の前に、この品物はこの番号でよいか、と税関の判断を文書でもらう制度だ。私は何度も税関に足を運んで、職員と現物を挟んで話した。グレーなものに白黒を付けるのは、ルールブックではなく、最後は人と人の折衝なのだと知った。書類の裏には、必ず誰かの判断が立っている。
深夜の事務所も覚えている。輸出の申告は、本船のスケジュールに追われる。この船に間に合わなければ、荷物は次の便まで港で待つことになり、向こうの取引が崩れる。締切は私の都合では動かない。船が出る時刻だけが、絶対だった。番号ひとつの確認のために、私は何度も夜の電話をかけた。世界とつながるというのは、つまり、世界の時刻に私のほうが合わせることだった。
扱う品目で、覗ける商売の世界が変わるのも面白かった。食品の輸入をやれば原産地と添加物の規制が見え、機械をやれば部品か完成品かで延々と悩み、雑貨をやれば材質の申告ひとつで世界中の工場が透けて見えた。部品なのか、完成品なのか——たとえばネジが何本か足りないだけで完成品と認められないこともある。私は番号を付けながら、いろんな業種の内側を、少しずつ覗かせてもらっていたのだと思う。
あれから二十三年、私は番号の根拠を見続ける人間になった。HSコードの樹形図は、ただの数字の表に見えて、その一本一本の枝の先に、本物のモノと、それを動かす人の暮らしがある。番号は書類から付くのではない。現物から付く。あの倉庫で梱包を開けた日が、私をいまの私にしてくれた。机の上には今日も、新しい申告書の樹形図が、静かに枝を広げている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。