ナセルの、中
入社一年目、回したい機械を止めると教わるまで

トオミネリツ(37歳・風力発電のメンテナンス15年)

地上から見上げると、風車はゆっくり回っているように見える。だが羽根の先端は、時速にして二百キロを超えて空を切っている。私はその塔のいちばん上、ナセルと呼ばれる機械室まで、梯子で登っていく仕事を十五年続けてきた。再生可能エネルギーが世界の未来を支える時代に、その未来の足元を点検しているのだと、最初の頃は誇らしく思っていた。

二〇一一年の春、私は二十二歳で、風力発電のメンテナンス会社に入った。震災のあった年で、エネルギーという言葉が誰の口にものぼっていた。面接で志望動機を訊かれて、私はクリーンな未来をつくりたいというようなことを言った気がする。いま思えば、何も知らずに、それっぽいことを口にしていただけだった。

研修で最初に登ったタワーは、たしか高さが百メートル近くあったと思う。中は鉄の筒で、壁に沿って梯子が垂直に伸びている。安全器具を命綱のレールに掛けて、一段ずつ登る。三十メートルごとに小さな休憩のプラットフォームがあって、私はその一つ目で、もう足が笑っていた。先輩は私の倍の速さで、すでに頭上の暗がりに消えていた。

ナセルの中は、地上百メートルの小部屋だ。増速機と発電機が、人が二人やっと立てるくらいの空間に詰まっている。ハッチを開けて中に入ると、まず音が変わる。風の音が遠ざかり、かわりに歯車の唸りが体の芯に届く。そして揺れている。塔ごと、ゆっくりと。海の上の船にいるような、と言えば伝わるだろうか。地面の感覚が、ここにはない。

その日、先輩が言った言葉を、私はいまでも覚えている。「風車は風の機械じゃない。回転の機械だ。回りすぎを止めるのが俺らの仕事だ」。強い風が来ると、風車は回りすぎて壊れる。だからブレーキをかけ、ピッチ制御で羽根の角度を変えて、わざと風を逃がす。回したくて建てた機械を、止めるために登る。その逆説が、この仕事のいちばん奥にある。

ブレードの点検もした。長さ五十メートルの羽根を、地上から双眼鏡で、近頃はドローンで見上げる。表面には、落雷の焦げ跡が黒く残っていることがある。先端のほうには、雨や砂で削られた前縁の浸食——ペイントが剥げ、繊維がささくれ立っている。空を切り続けてきた時間が、そこに傷として刻まれている。機械にも履歴書のようなものがあるのだと、そのとき初めて思った。

軸受けのグリス交換は、地味だが大事な仕事だ。巨大な軸受けに古いグリスを押し出し、新しいものを詰める。出てきた古いグリスの量と汚れを見て、中で何が起きているかを読む。金属粉が混じっていれば、どこかが削れている。世話というのが近い。回り続ける巨体に、油を差して、機嫌をうかがう。

風待ちの日というのがある。風が強すぎると、危なくて登れない。風で電気をつくる商売が、風で止まる。そういう日は地上で工具を磨いたり、記録をつけたりして過ごす。窓の外で羽根が勢いよく回っているのを、何もできずに眺めている。皮肉なものだと思いながら、それでも私は、その光景がきらいではなかった。

あれから十五年、私は回転の観察者になった。塔の中の梯子で、羽根の音の変化を聞き分けられるようになった。回りすぎを止め、傷を見つけ、油を差す。クリーンな未来という言葉は、いまではあまり使わない。ただ、回るものを止める仕事が、回転が、俺をいまの俺にしてくれたのだと思う。今日も風が吹いている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。