トヨシマヒデオ(61歳・印章店三代目)
人の名前を彫って三十八年になる。店に入ったのは一九八八年、二十三歳の春だった。祖父が始め、父が継いだ店の、三代目である。手元には字入れの下書きを描くための面相筆と、彫りの仕上げを確かめる小さな手鏡が、いつも置いてある。彫刻刀の音が静かに響く店の奥で、私はずっと、人の名を彫ってきた。
はんこには、二つの世界がある。店先の回転棚でくるくると回っている三文判と、奥の作業場で一本ずつ彫る実印と。同じ「はんこ」と呼ばれるのに、まるで別のものだ。三文判は棚で売る。実印は彫って売る。父はそう言って、棚と作業場のあいだに、見えない線を引いていた。
店に入った年に、父から言われたことがある。「実印は一生に何本も作らない。だから一本に時間をかける」。三文判は名字さえ合えば誰のものでもいい。だが実印は、その人ひとりのものだ。役所に登録され、家を買うときも、相続のときも、その人の意思の証になる。だから、急いではいけないのだと。父の言葉には、職人らしい誇りが静かに滲んでいたように思う。
初めて受けた実印の注文は、家を建てる若い夫婦の連名だった。二本いっぺんに、と言われた。柘植でいいか、それとも黒水牛にするか、迷っていた二人に、私はまだ何も言えなかった。父が横から、黒水牛を勧めた。「永く使うものですから」。夫婦はうなずいた。家のローンの話を、嬉しそうにしていたと思う。
実印には、印相体という字体を使うことが多い。文字の線が枠まで伸びて、八方に広がる字体だ。篆書体よりも装飾的で、縁起がいいとされる。私は二人の名を、下書きの紙に何度も描いた。鈴木、と書いて、また描き直した。線が枠に触れるところまで伸ばすと、字が、その人の家のように見えてくる。父は「字入れが八割だ」と言った。彫る前に、もう仕事は終わっているのだと。
彫り上げて、手鏡に映して確かめる。印面は左右が逆になっているから、鏡に映してようやく、押したときの形が見える。鏡の中の鈴木さんの名は、まっすぐ立っていた。捺印して、朱肉の色を見て、ようやく私は息をついた。父は黙って、印鑑登録の案内の紙を、夫婦に渡していた。この一本で、二人は役所に登録に行くのだ。家の鍵を受け取るより先に。
それから三十八年、私は注文の理由を見る人間になった。実印の注文は、人生の節目にやってくる。成人したとき。結婚したとき。家を買うとき。誰かが亡くなって、相続の手続きをするとき。客は用件しか言わないが、実印を作りに来たというだけで、その人に何かが起きたのだとわかる。私は名を彫りながら、その人の節目を、静かに想像していたのかもしれない。
脱ハンコと言われて久しい。認印の注文は、年々減っている。回転棚の三文判は、もうほとんど回らない。役所の書類からも、会社の決裁からも、はんこは消えていく。寂しくないと言えば、嘘になるだろう。だが、不思議なことに、実印の注文だけは減らない。家を買う人はいなくならないし、相続もなくならない。人生の節目が消えない限り、実印は要るのだ。
三文判が消えても、実印は残る。それはきっと、機械が押せる判子と、人が彫る判子の違いなのだと思う。人の名を彫り、その人の節目に立ち会う——この仕事が、私をいまの私にしてくれた。彫刻刀の音は、今日も店の奥で静かに響いている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。