シライショウタ(Bot開発エンジニア)
Botの翻訳ログで私が止まるのは、派手な誤訳ではない。訳文の顔をして、原文をローマ字で横流しした行だ。去年、日英自動翻訳を載せた協力プレイゲームの検証で、待機ロビーのチャットに「よろしくお願いします」が入り、英語欄にはYoroshiku onegaishimasuと出た。三秒後、北米テスターが「new spell?」と返し、別の一人が「yoroshiku lol」と続けた。笑いは起きた。だが、その部屋はそのまま一回ワイプした。
原因は難しい話ではない。検証機のチャット欄は常時四行しか見えず、上に積まれた文から消える。日本側の進行役は、その挨拶の直後に「開幕は左の塔を触らないで」と打っていた。だが英語側では、その指示がジョークの往復に押し流され、見えたのは知らない単語だけだった。
[19:42:11] Aoi: よろしくお願いします
[19:42:11] EN: Yoroshiku onegaishimasu
[19:42:14] Mike: new spell?
[19:42:18] Aoi: 開幕は左の塔を触らないで
ここで起きたのは、「日本語は一語に訳せない」という上品な話ではない。ロビーの「よろしく」は歓迎文ではなく、今から同じ段取りに入るという点呼に近い。それがローマ字で出ると、意味が減るだけでは済まない。受信側はそれを読もうとして一拍止まり、画面上の優先順位まで奪われる。これは翻訳ではない。通過処理だ。しかも厄介なのは、通過した語がすぐ内輪語になることだ。数戦後、そのテスターたちは準備完了の合図に「yoro」と打ち始め、元の挨拶とは別の略号として使った。機械は橋を架けず、別の足場を勝手に生やした。
同じ週、宿泊予約のチャットBotでも似た失敗を見た。問い合わせが混んだ夜、待機メッセージの「少々お待ちください」が英語側でShoushou omachikudasaiになった。ゲームなら笑って流せるが、こちらでは客が更新ボタンを連打する。サーバーログには同一IPから一分で七回の再送が並び、オペレーターの着信通知だけが増えた。ローマ字が残したのは風情ではない。処理待ちなのか、入力が通っていないのか、その判定を客に丸投げしただけだった。
だから未訳を全部悪と切る気はない。地名、料理名、イベント名は残しても運用できる。だが、相手の次の行動を決める文をローマ字のまま通すのは駄目だ。待機、了承、依頼、禁止は、その場で機能しなければ価値がない。実装では、私はこの種の文を辞書登録より先に分類する。飾りとして残せる語か、操作を誤らせる語か。境界はそこで決まる。未訳は味ではない。出してよい場所を絞るのが設計だ。