機械翻訳が「文化を翻訳できなかった」事例集
「よろしく」を Yoroshiku と書く理由

シライショウタ(Bot開発エンジニア)

Botを作っていると、翻訳APIの返答でいちばん気になるのは、派手な誤訳よりも、訳さないまま通過していく語である。「よろしくお願いします」が英語ではなくYoroshikuと返る場面に何度も出会った。雑な逃げに見えるが、実際はかなり正直だ。意味を決めるには材料が足りず、かといって空欄にもできない。そのとき機械は、意味の代わりに音を残す。文化の厚みを前にして、翻訳機がいったん手を止めた跡が、ローマ字の表面にそのまま出る。

この種の事例は、見つけようとするとすぐ集まる。社内チャットの「お疲れさまです」は Otsukaresama desu、食前の「いただきます」は Itadakimasu、接客の「少々お待ちください」は Shoushou omachikudasai。英語に近い言い換えが皆無なわけではない。だが、それぞれが背負っている場面は狭くない。ねぎらい、開始の合図、謝意、依頼、空気の調整。そのどれか一つに固定した瞬間、元の言葉が持っていた余白が消える。機械翻訳は、その余白を持ち運ぶ方法をまだうまく持っていない。

とくに厄介なのが「よろしく」だ。メールの末尾なら Best regards に寄るし、依頼のあとなら Thank you in advance に近づく。初めて一緒に働く相手には I look forward to working with you も使える。けれど、日本語の「よろしく」は、そのどれか一枚に収まる札ではない。これから面倒をかけることへの先回り、距離を詰めすぎないための柔らかさ、関係を始めるときの低い姿勢が、短い音の中に同居している。そこを単数の英語に決め打ちした瞬間、別の何かが欠ける。

実務でも似た場面をよく見る。ゲームの自動翻訳では、レイド開始前の「よろしく」が Yoroshiku になり、海外プレイヤーには呪文のように映る。観光案内の字幕では「いってらっしゃい」が Itterasshai になり、送り出す気配だけが文字として残る。機械が困っているのは単語帳の不足ではない。誰が誰に向けて、どの温度で、何の前後関係のなかで言ったのか。その選別ができないのである。

よろしくお願いします → Yoroshiku onegaishimasu
お疲れさまです → Otsukaresama desu
いただきます → Itadakimasu

この出力は、不親切でありながら、乱暴でもない。無理に近い英語へ寄せて意味を狭めるより、判断を留保したまま通すほうを選んでいるからだ。

ここで面白いのは、音写が単なる失敗表示で終わらない点である。ローマ字になった瞬間、その言葉は説明を放棄する代わりに、異物として居座る。読み手は「知らない日本語が残った」と受け取るが、同時に「ここには直訳しにくい関係の動きがある」とも察する。意味を届ける機械が、意味の不在を通じて背景の存在だけを知らせる。そこに、機械翻訳の不器用な誠実さがある。Yoroshikuは正解ではないが、雑音でもない。

だから「よろしく」を Yoroshiku と書く理由は、日本語らしさを飾るためではない。まだ一つの英語に閉じられないものを、削らずに置いておくためだ。気の利いた訳を与えれば文はきれいに流れる。しかし、その流れのよさは、ときに関係の曖昧さや配慮の薄さを見えなくする。音だけが残った語には、説明不足のまま手渡される感触がある。受け取った側は少し足を止め、前後の場面を拾いにいく。そのひと手間が残っている限り、翻訳の外にあるものは、完全には消えない。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。