ツカモトハルオ(63歳・ピアノ調律師40年)
調律は、音を合わせる前に、まずピアノを開けることから始まる。鍵盤の蓋を上げ、その手前の長い板――鍵盤の前框(まえがまち)を外し、上の屋根を上げる。グランドなら、鍵盤とハンマーの一式を載せたアクションごと、手前にすっと引き抜く。中が見えるようにしてやらないと、私は仕事ができない。ピアノというのは、外から見るより、ずっと深い箱なのだ。
そうして中を開けると、たいてい、音とは関係のないものが出てくる。鍵盤の奥の、指の届かない暗がりに、長い年月をかけて何かが落ちていく。消しゴム。ヘアピン。五十円玉。子どもの飲み物の、固まった糖の跡。犬の毛が、フェルトに埋もれるように溜まっていることもある。私はそれを、アクションを引き出すたびに見る。どの家にも、それぞれの落とし物がある。
物には、いつからそこにいたかが書いてある。木の色焼けが、それを教えてくれる。ピアノの内部の木は、空気に触れている面だけが、ゆっくり飴色に焼けていく。だから、長く同じ場所に転がっていた五十円玉をどけると、そこだけ木が白く残っている。物のかたちに、白い影が抜ける。その白さの濃さで、私はだいたいの年数を読む。十年ものの落とし物は、十年ぶんだけ、まわりの木より白い。
先月入った家のグランドは、中央より少し上のミが、押しても鳴り方が鈍かった。音程の問題ではない。打鍵の感触が、わずかに重い。アクションを抜いて覗くと、そのハンマーが戻りきる手前で、何かに当たって止まっていた。乾いた輪ゴムだった。いつのものか、フェルトに触れる面だけ平たくつぶれ、ハンマーのフェルトにも、その幅だけ、うっすらと跡がついていた。私は輪ゴムをつまみ出した。ミは、すぐにまっすぐ鳴った。
鍵盤蓋の蝶番のあたりからは、よく紙が出てくる。蓋を閉めるときに、上に置いてあった小さな紙が、隙間に吸い込まれていくのだ。あるとき出てきたのは、発表会のプログラムの切れ端だった。ガリ版刷りのような藁半紙で、もう茶色く、折り目で割れていた。「第二部」という活字と、たぶん子どもの名前だったのだろう三文字の半分が、破れた縁に残っていた。何十年前のものか、紙の焼け方だけが知っている。私は紙の焼け方を信じている。紙は、人より正直だからだ。
出てきたものを、私は捨てない。黙って、ピアノの上に、ひとつずつ並べる。蓋を閉めて、その平らな天板の上に、消しゴム、ヘアピン、五十円玉、輪ゴム、紙の切れ端。汚れを払い、向きを揃えて、依頼主から見やすいように置く。それだけは、なぜか丁寧にしてしまう。並べ終えて道具を片づけ、終わりましたと告げるとき、私はその列を指して、これが中から出ました、と言う。判じるのは私の仕事ではない。
受け取る人の反応は、二つに分かれる。ああ、と声を上げて、すぐに来歴を語りはじめる人。この五十円玉は下の子が、と笑う人。もう一方は、首をかしげて、はて、と黙る人。覚えていない物を前に、その人は少し困ったような顔をする。どちらの顔も、私は見てきた。覚えている人のほうが幸せだとは、私には言えない。忘れられていた物のほうが、たいてい、いちばん深くまで落ちている。
思えば私は、四十年、人の家の暗がりに手を入れ、落とし物を拾い上げてきた。ピアノの中には、その家族が生きてきた歳月が、静かに眠っているのだ。消しゴムも、ヘアピンも、あの発表会のプログラムも、みな家族の物語の小さなかけらだった。鍵盤の下から出てくるのは、物ではなく、思い出なのかもしれない。私はその思い出を、そっと光の当たる場所に並べているのだろう。
とはいえ、私はやはり、物語の作者ではない。出てきた物が何だったのか、それを決めるのは、いつも受け取る人のほうだ。私はただ、白い木の影を見て、年数を読み、蓋の上に列を作って帰るだけだ。次の家に行けば、また別の暗がりに、別の物が落ちている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。