号車の、性格
同じ編成でも、号車ごとに汚れ方が違う

ツムラサエ(36歳・新幹線の車内清掃9年)

朝、控室の壁に担当表が貼り出される。その日、自分がどの号車を回すかが決まっている。同じ編成、同じ十六両。けれど号車には、それぞれの性格がある。九年やってきて、私は表を見ただけで、その日の腕の張り方がわかるようになった。

自由席は、ゴミが多い。駆け込みで乗った人たちが、ホームの売店で買ったものをそのまま持ち込んで、座って食べて、降りていく。コーヒーの紙コップ、サンドイッチの包み、おにぎりの海苔のフィルム。ゴミ袋は、ほかの号車の倍は重い。片手でひねって結ぶとき、手首にずしりと来る。静かに、けれど確かに、その重さが朝の自由席を語っていた。

指定席は、忘れ物が多い。これは不思議なようでいて、考えてみれば道理だ。席が決まっている安心が、人をくつろがせる。落ち着いた人ほど、物を置く。傘、紙袋、座席ポケットの本。指定席の号車を回す日は、首を上げる回数が増える。網棚を見上げて、見落とさないように、ゆっくり進む。ゴミは少ないのに、七分が削られていく。

グリーン車は、どちらも少ない。ゴミも、忘れ物も。けれど、座席の倒し方が深い。一席ずつ、背もたれがいちばん奥まで倒れている。それを起こして戻す。倒し戻しの数が、ほかの号車と同じ三列でも、腕にかかる負荷が違う。おしぼりの袋が肘掛けに残っていることがある。使ったあとの、丸めた湿りが。深く倒れた背もたれを起こしながら、私はその人の旅の長さを思う。

多目的室の前の床は、いつもより念入りに拭く。車椅子スペースのある号車は、座席の間隔が広い分、動線が違う。喫煙ルームのあった跡——いまはもう使われていないけれど、その区画の壁には、まだかすかに名残りがある。鼻を近づければわかるような、わからないような。時代が車両に残した、消えきらない匂いだった。

担当表は、ローテーションで回る。けれど運悪く、自由席ばかり続く週がある。三日、四日と重いゴミ袋を結び続けると、手首の腱が張ってくる。同じ七分でも、号車によって使い方が違う。自由席はとにかくゴミを集める速さ。指定席は見落とさない丁寧さ。グリーン車は倒し戻しの力。体の、別々の場所が疲れる。

この前、新人に訊かれた。「サエさんは、どの号車が好きですか」。私は少し考えて、答えた。好きな号車はないよ。早く終わる号車と、終わらない号車があるだけ。新人は笑った。でも、と私は思う。そう言いながら、私はいつも、ある号車のある座席を思い出している。終点に近い、窓側の。背もたれの起き方に癖のある、あの一席を。

テーブルを拭く。一席につき一回、汚れていれば二回。座席を回し、背もたれを戻し、ゴミを集め、忘れ物を確かめる。号車が違えば、手順の重みの置きどころが違う。それでも七分は七分だ。私はその七分を、号車の性格に合わせて配り直す。九年かけて、配り方を覚えた。

結局、号車の性格は、そこに乗る人の性格なのだ。駆け込む人、くつろぐ人、深く倒して長く乗る人。私は座席の汚れ方を通して、降りていった人たちを毎日読んでいる。今日も担当表が貼り出される。私は手袋をはめる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。