複製禁止、の刻印
承れません、と言うときの指

ツツミレイナ(39歳・ホームセンター合鍵係15年)

合鍵を作る仕事を十五年している。お客さんが差し出した鍵を受け取ると、私はまず鍵頭を見る。指でなぞる。たいていは何もない。けれど、たまに、小さな刻印が指の腹に引っかかる。「複製禁止」。あるいは「DO NOT DUPLICATE」。その四文字か、その二語が触れた瞬間、私の手の中で、その鍵は急によそよそしくなる。

刻印を見つけたら断る。それが店の決まりだ。賃貸の管理会社が配る鍵、会社の出入口の鍵。誰かが「これは増やさないでください」と先に決めた鍵には、そう書いてある。私はその文字を指で示して、「こちらでは承れません」と言う。言い慣れた、定型の言い回しだ。

断られた客の反応は、おおむね二通りに分かれる。ひとつは、「ですよね」とすぐ引く人。刻印の存在を、自分でも知っていたのだと思う。もうひとつは、事情を説明し始める人。家族が増えて、とか、親が施設に入る前にもう一本、とか。その事情は、たいてい本当なのだろうと思う。窓の外には夕暮れの光が差していて、店内には木材の匂いが静かに漂っていた。

登録制のディンプルキーというものがある。表面に丸いくぼみがいくつも彫られた鍵で、複製にはメーカーへの取り寄せがいる。管理会社の承諾書と、純正キーに刻まれた番号を控えて、メーカーに注文する。早くて十日、ものによっては二週間。価格も、店で削る合鍵の何倍もする。私はそのことを書いた紙を、いつもカウンターの引き出しに入れている。

事情を説明する客に、私はその紙を渡す。これが正規の道です、と。たぶん、その案内は親切なのだと思う。けれど、紙を受け取った客の顔は、たいてい曇る。十日も待てない、という顔。値段が高い、という顔。そういうとき、私は刻印をもう一度指で示すしかない。承れません、と。

断ることで、私は何かを守っている。その部屋の安全とか、契約の秩序とか。けれど、それは断られた客には見えない。客に見えているのは、目の前で増やすのを拒んだ私だけだ。守っているものは、いつも、守られている当人には見えない場所にある。

一度、ディンプルキーを出した年配の女性がいた。承諾書はありますか、と訊くと、ないと言う。番号を控えてメーカーに、と説明しかけたら、「もういいです」と鍵を引っ込めた。私はその引っ込めた手を見ていた。鍵の本数から家の人数を想像する癖が、また動きかけて、私はそれを、いつものようにのみこんだ。

刻印のある鍵は、手のひらに乗るほど小さい。その小ささに、「増やすな」という誰かの意志が彫り込まれている。私はそれを指でなぞって、増やさない。十五年、その文字を指で確かめてきた。

断ることも、鍵を守る仕事なのだ。増やすことだけが仕事ではない。増やさないと決めること、その線を指でなぞって客に示すこと。それもまた、合鍵係の手のひらの仕事なのだと、いまの私は思っている。刻印の溝に、私の指紋は今日も引っかかっている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。