ツヅキミオ(29歳・博物館の標本士7年)
死んだ生き物を、百年残る形に整えるのが私の仕事だ。生きていた姿勢を、ピンと綿で再現する。けれどこの春、私の仕事は標本を作ることではなかった。すでに作られた何万点を、壊さずに、順番を失わずに、隣の建物へ移すことだった。百年分のコレクションが、いま私の手のなかで引っ越しを待っている。
収蔵庫の改修が決まったのは去年の秋だ。空調も配管も古くなり、棚ごと一度、隣に建てた新館へ移すことになった。期間はおよそ三か月。三か月のあいだに、引き出しの一つひとつを、中身を傷めずに運び切らなければならない。標本は一点ずつ弱点が違う。蝶なら触角と翅、剥製なら羽の先、液浸標本ならガラス瓶そのものだ。同じ「梱包」と言ってはいけない、と私は自分に言い聞かせた。
梱包の設計から始めた。展翅された蝶は、いちばん細い触角が折れる。だから箱の底に薄い緩衝材を敷き、針ごと刺したまま動かないよう、台座を箱に固定する。剥製は羽の重なる方向に逆らわないよう、頭を奥にして寝かせる。液浸標本がいちばん難しかった。中の液体が揺れて標本が瓶の壁にぶつかると、ひれや触手が崩れる。瓶を一本ずつ綿でくるみ、立てたまま、揺らさずに運ぶしかない。緩衝材の厚みを何ミリにするか、私は何日も迷った気がする。
引っ越しは、同時に棚卸しの機会でもあった。標本には一点ずつ番号と台帳がある。移すついでに、引き出しの中身と台帳を一点ずつ照合していく。番号があるのに現物がない、現物があるのに台帳に載っていない――そういう食い違いが、百年のあいだには少しずつ溜まっている。私たちは段ボールに詰める前に、まず数えた。コレクションの全数を確認する機会など、めったに来ないからだ。
運んでいるあいだも、標本は生きてはいないが、湿気には弱い。乾きすぎれば剥製がひび割れ、湿りすぎればカビが回る。だから移動の箱には、小さな温湿度のロガーを一つずつ入れた。ボタン電池ほどの装置が、一定時間ごとに温度と湿度を記録し続ける。新館に着いてからログを読むと、運搬中のどの時間に、廊下のどこで湿度が跳ねたかが、折れ線になって残っていた。標本は文句を言わない。代わりにロガーが、移動のあいだの不安を数字で覚えていてくれた。
棚の裏から、思いがけないものが出てきた。いちばん奥の棚を引き出したら、台帳のどこにも載っていない木箱が一つ、埃をかぶって押し込まれていた。中には、古いラベルの昆虫が整理されないまま並んでいた。何十年も前の先輩の標本士が、整理しかけて、そのまま忘れていったものらしかった。会ったこともないその人の手つきが、ピンの角度から伝わってきて、私はしばらく手を止めていた。引っ越しは、行方不明だったものを掘り起こす機会でもあったのだ。
新しい収蔵庫に、どういう論理で並べ直すか。これがいちばん悩ましかった。分類順に並べれば研究者は探しやすいが、棚の大きさはまちまちで、大きな剥製と小さな昆虫箱がうまく収まらない。サイズ順なら棚は埋まるが、近縁の種がばらばらになる。利用頻度順という考え方もあった。結局、大きな分類の枠は守りつつ、その中はサイズで詰める、という折衷にした。完璧な並べ方などないのかもしれない、と私は思った。
最後の引き出しを新館に運び込んだ日、私は空になった旧収蔵庫に一人で戻った。棚はすべて外され、ただの広い部屋になっていた。けれど、百年ぶんの埃の匂いが、まだそこに残っていた。乾いた紙と、わずかな防虫剤と、古い木の匂い。何万点もの標本が、ここで百年、静かに眠っていたのだという歴史の重みが、その匂いから立ちのぼってくるようだった。私はしばらく、その匂いのなかに立っていた。
引っ越しは、ただ物を運ぶことではなかった。それは百年分のコレクションを一点ずつ数え直し、忘れられた標本を掘り起こし、並べ直す論理を考え直す、棚卸しの機会だったのだ。標本を作る私の手は、この三か月、一点も作らなかった。けれど、すでにあるものを次の百年へ手渡すことも、たぶん、標本士の仕事の一部なのだと、いまでは思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。