名刺の、一行
小さな紙の中の、数行の決め方

ツヅラフミ(56歳・活版印刷職人34年)

名刺ほど小さな仕事はない。九十一ミリに五十五ミリ、その中に名前と肩書きと連絡先、たかだか数行。けれど三十四年やってきて、いちばん難しいのは名刺だったと思う。紙には手の温もりが宿るというけれど、本当に温まるのは、刷る側の手のほうだ。

名刺の組版は、配置から始まる。会社名、名前、肩書き、住所、電話、メール。これを上から順に並べるだけ、と思われがちだが、そうではない。客が見せたいのは名前なのか肩書きなのか、それとも会社なのか。聞かなくても、客が名刺をどう差し出すかを想像すれば、だいたい決まってくるのかもしれない。名前を真ん中に大きく置けば、その人は名前で覚えてほしい人だ。会社名を上に小さく置けば、組織の中の一人として渡したい人だ。数行の上下を、私はいつも先に決める。

書体の相談も受ける。明朝かゴシックか。これは人柄というより、商売の似合いだ。士業の先生、医者、茶の道の人——そういう客には明朝が合う。縦の線が太く横が細い、あの抑揚が、長く続いた商売の落ち着きに似合う。デザイン事務所、新しいカフェ、若い職人——そういう客にはゴシックを薦める。線の太さが一定で、迷いがないように見えるからだ。客の商売と、文字の似合い。それを見るのが私の仕事だ。

配置と書体が決まると、文字間に入る。名刺の名前は、たいてい四文字か五文字。これをベタに組むか、少し詰めるか。ベタ組みは活字を込め物なしで隙間なく並べることだが、名前というのは不思議なもので、ベタのままだと字と字の間が空いて見える。とくに「川」や「山」のように画の少ない字が混じると、そこだけ穴があく。だから一ミリ、いや半ミリ、活字を追い込む。込め物を薄いものに替え、字を寄せる。客は気づかない。気づかれない調整こそが、効いている調整なのだと思う。

名刺には、罫線を入れることがある。名前と肩書きの間に一本、あるいは紙の縁に飾り罫を回す。うちの印刷所には、罫線の抽斗がある。細い罫、太い罫、二重の罫、波打った飾り罫。真鍮や鉛でできた、長さの違う罫の棒が、抽斗の中で種類ごとに仕切られて眠っている。いまどき飾り罫を使う客はめったにいないから、奥の抽斗はもう何年も開けていない。それでも捨てられずに取ってある。

刷る前に、見本を一枚出す。客に渡して、指で触ってもらう。活版の名刺は、文字のところがわずかに凹む。その凹みの深さを、客に確かめてもらうのだ。「もう少し深く」と言う客もいれば、「これくらいで」と言う客もいる。インキの濃さも、見本で見せる。同じ黒でも、圧と乗りで濃さが変わる。触らせる凹み、見せる濃さ。名刺は刷る前のこの数十秒で、半分決まる。

名刺は、たいてい百枚を一箱で刷る。百枚というのは、よく考えると不思議な数だ。毎日配る営業の人なら一月で消える。年に数回しか配らない人なら、何年も机の抽斗に眠る。私の刷った百枚は、手から手へ渡されて、どこかの名刺入れに収まり、いつか捨てられる。その紙の旅を、私は見届けることはない。ただ、百枚を箱に詰めて渡すとき、これが百回、誰かの手に渡るのだと思う。

同じ客が、二度目に来ることがある。「肩書きが変わったので」と言って。係長が課長に、課長が部長に。あるいは「独立したので」と、会社名のない名刺を頼みに来る。前の版はもう崩してあるから、また一から組む。けれど名前の四文字だけは、前と同じ詰め方になる。その人の名前の、字と字の間隔を、私の手が覚えているからだ。肩書きの行だけが入れ替わって、名前はそのまま。名刺は、その人の人生の記録なのだ。

刷り上がった百枚を渡すと、客はたいてい一枚を抜いて、指でなぞる。新しい名刺の、最初の数秒。凹みを確かめ、それから少し、嬉しそうな顔をする。私はその数秒のために、一ミリを詰め、罫を選び、圧を決めてきたのだと思う。今日も九十一ミリに五十五ミリ、その中の数行を組んでいる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。