ポケットを、確かめる仕事
受付一年目、読まない観察者になるまで

ウエハラセツコ(61歳・クリーニング店受付38年)

服を預かる仕事は、一週間分の暮らしを預かる仕事だと思っている。三十八年、受付のカウンターに立ってきた。預かり伝票はいまも複写式で、お客さまの控えと店の控えが、一枚書けば二枚になる。カーボンの匂いと、奥のスチームの匂い。私のいる場所は、その二つの匂いの境目あたりにある。

受付に立つと、季節がシミでわかるようになった。春は泥はね、夏は汗じみと脇の黄ばみ、秋は食べこぼし、冬は襟元のファンデーションと、コートの裾の雨。シミの種類で、その人がどんな一週間を過ごしたのかが、なんとなく見えてくるような気がする。ワイシャツの襟の黄ばみは、たいてい同じ場所から始まる。

うちの店には、預かった服のポケットは必ず確かめる、という決まりがある。洗うと壊れる物、洗うと消える物が、ポケットには入っているからだ。これまでに出てきた物を数えたら、きりがない。レシート、五百円玉、丸まったティッシュ、診察券。洗濯機の中で粉々になった物を、お客さまにお返しするわけにはいかない。

あれは一九八八年、私が二十三歳で受付に入った一年目の、午後の店内だった。スチームの白い湯気がカウンターの奥でゆっくりと立ちのぼっていて、ベルトコンベアの回転ラックが、低い音を立てて回っていた。私はその日、お客さまから預かった一着の背広のポケットに、手を入れていた。

内ポケットの底に、たたんだ紙が一枚あった。広げると、子どもの字の手紙だった。鉛筆の、まだまっすぐ書けない字で、何か書いてあった。私は思わず読みそうになって、手を止めた。先輩が後ろから、読まなくていいのよ、と静かに言った。読まない。詮索しない。必ず返す。その三つが、うちの店の決まりなのだと、そのとき教わった。

私は手紙を読まずにたたみ直し、小さな封筒袋に入れた。タグガンで、預かり伝票と同じ番号のタグを留めた。パチン、という音がして、背広と封筒袋が、同じ番号でつながった。返却のとき、お客さまにその封筒袋をお渡しした。お客さまは中を見て、少しだけ笑ったように見えた。たぶん、お子さんの字だったのだと思う。

礼服を長く預かることもある。喪服を出しに来られた方が、しばらく取りに来られなくて、半年、一年とラックの奥で待っていることがある。預かり伝票の控えだけが、店に残っている。礼服のポケットからは、たたんだ香典袋の予備や、数珠の袋が出てくることがある。私はそれも、読まずに、封筒袋に入れて、タグを付ける。

あの日から三十八年、私はポケットから出てくる物の観察者になった。読まない観察者という、矛盾した立場のままで。レシートも、五百円玉も、手紙も、診察券も、私は見る。けれど読まない。ポケットの中身は、その人の暮らしのいちばん柔らかいところで、それを読まずに必ず返すという仕事が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日もカウンターの奥で、回転ラックは静かに回っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。