ワイシャツの、襟
糊の固さで人を覚えている、受付の話

ウエハラセツコ(61歳・クリーニング店受付38年)

服を預かる仕事は、一週間分の暮らしを預かる仕事だと思っている。とりわけワイシャツの襟と袖口は、その人の一週間の濃度がそのまま残る場所だ。窓の外には朝の光がやわらかく差し込んでいて、カウンターには洗剤と糊の匂いが静かに満ちている。私は三十八年、この匂いの中で、人さまの一週間を受け取ってきたような気がする。

襟の黄ばみは、汗と皮脂が布の織り目に潜り込んだものだ。前処理は、襟だけを別に立てて、刷毛で薬剤を置いていく。濃いところは二度置く。袖口も同じだ。よく働いた一週間の襟は、光に透かすと、首の当たる線がうっすら茶色く浮く。働かなかった週の襟は、白いまま戻ってくる。襟を見れば、その人の一週間が濃かったか薄かったか、なんとなくわかるような気がしてならない。

糊の固さには、指定札がある。「カチカチ」と「ソフト」、それに「のりなし」。札は預かり伝票に挟む。面白いのは、この好みが一度聞いたら一生変わらないことだ。カチカチの人は、三十年カチカチだ。ソフトの人は、ソフトのままで人生を通す。糊の濃度というのは、その人が自分の襟にどれだけ気を張っていたいか、という、生き方のようなものなのかもしれない。

仕上げは、ハンガー仕上げとたたみ仕上げに分かれる。ハンガーの方は、出張や毎日の通勤で、すぐ着る人。たたみの方は、引き出しにしまって、まとめて使う人。どちらが良いということはない。ただ、ハンガーで五枚を月曜の朝に取りに来る人の背中を、私はカウンター越しに見ている。五枚を腕にかけて出ていく背中は、これから始まる一週間の重さを、そのまま背負っているように見える。

ボタンは、必ず確かめる。割れたボタン、欠けたボタンは、お預かりのあいだに無償で付け替える。うちの決まりだ。襟の内側の、いちばん力のかかる第一ボタンは、糸が緩んでいることが多い。私は緩んだ糸を見つけると、付け替えておきましたと、お返しのとき一言だけ添える。たいていの人は、気づいていなかった、という顔をされる。

私は、お客さまをタグの番号で覚えている。色分けされたタグ——赤は急ぎ、青は通常、黄色は保管。番号と糊の札が、私の頭の中で人とつながっている。だから時々、顔と名前より先に「ああ、カチカチの五枚の方だ」と思い出している自分に気づく。人を、糊の固さで識別している。三十八年のあいだに、私はそういう覚え方をする人間になってしまったのだと思う。

枚数は、その人の暮らしの変わり目を映す。毎週五枚出していた方が、ある時から二枚に減ることがある。家で働くようになったのだろう。逆に、急に七枚八枚と増える方もいる。職場が変わったか、役が上がったか、そのどちらかなのかもしれない。私は伝票の枚数を書きながら、その人の一週間が、いま組み替わっているのを、数字越しに感じている。

月曜の朝は、いちばん混む。週末に出された五枚を、月曜に取りに来る人が重なるからだ。仕上げたてのワイシャツは、襟の角がぴんと立っている。アイロンのかかった襟の角度は、その人がこれから会う相手への、敬意の角度でもある。私はその角度を整えて、カウンターに並べる。月曜の朝に立つ襟は、一週間ぶんの背筋のようなものだ。

ワイシャツの襟は、その人の一週間の濃度を語り、糊の固さはその人の生き方を語り、襟の角度はその人の敬意を語る。私はその濃度を受け取り、糊を効かせ、角を立てて、また月曜の朝にお返しする。そうやって人さまの一週間に寄り添ってきたことが、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日もカウンターの奥で、仕上がったワイシャツが、襟を立てて静かに並んでいる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。