瓦の、重なり
職人一年目、屋根は一枚では葺けないと知るまで

ウキョウイチカ(42歳・瓦葺き職人20年)

瓦を葺いて二十年になる。屋根に上がって、瓦を一枚ずつ並べていく。下から上へ、横へずらしながら、重ねていく。日本の屋根のあの美しい曲線は、こうして一枚ずつ手で置かれたものの集まりなのだと思うと、いまでも少し胸が熱くなる。

瓦には「働き」という寸法がある。一枚の瓦のうち、実際に空に向かって雨を受けている部分の寸法のことだ。瓦は全長のうち、上のほうを次の瓦に隠される。隠れる部分は雨を受けない。働きとは、隠れずに残った部分。一枚の瓦の、本当に働いている長さ。

二〇〇六年の春、二十二歳で瓦の工務店に入った。最初の現場で、親方に屋根の上から呼ばれた。瓦を一枚渡されて、「これ一枚で、雨は防げるか」と訊かれた。防げません、と答えた。「そうだ。一枚じゃ防げん。重なりが防ぐんだ。働き寸法で屋根を読め」。それが、親方に最初に教わったことだった。

屋根は割り付けの算数から始まる。軒から棟までの長さを、瓦の働きで割る。割り切れなければ、働きを少しずつ詰めるか伸ばすかして、瓦の枚数を整える。一段あたり何ミリ動かすか。横方向は瓦の幅で割る。鉛筆を舐めながら、屋根の上で何度も数を直したのを覚えている。屋根を葺くというのは、まず数を合わせることだった。

瓦にはいろいろある。和瓦は山と谷があって、波打っている。平板瓦は名前のとおり平らだ。同じ規格でも、焼き物だから一枚ずつわずかに反りや色が違う。窯の中での置かれ方で、火の当たり方が変わるのだろう。手に取ると、一枚ずつ重さも手触りも少しずつ違うのが、なんとなく分かるような気がした。

工法も変わってきた。昔は葺き土を屋根に盛って、その上に瓦を据えた。土が瓦を支え、湿気を吸い、重さで屋根を落ち着かせた。いまは野地板に桟木を打って、瓦の裏の爪を桟に引っ掛ける。引っ掛け桟瓦葺きという。土を使わないから屋根は軽くなり、地震に強いとされる。親方の代は土、私の代は桟。教わった手も、少しずつ古くなっていく。

屋根のいちばん上、棟は、のし瓦を何段も積んで納める。平たいのし瓦を一段ずつ少しずつずらして重ね、最後に丸い冠瓦をかぶせる。三段、五段、七段。段数で家の格が変わる。棟は屋根の背骨だ。ここがまっすぐ通っていないと、下からどんなに丁寧に葺いても、屋根全体が間延びして見える。

地震や台風のあとは、点検に呼ばれる。屋根に上がって、ずれた瓦を見る。ずれ方には読み方がある。一枚だけ浮いているのか、列でずれているのか、棟が割れているのか。瓦のめくれ方を見れば、どっちの方角から風が入って、どこを起点にめくれ上がったかが分かる。瓦は、自分がどう壊れたかを、ずれの形で残している。

屋根の上は、歩き方がある。瓦は山を踏む。和瓦なら山の頂きに足を置く。谷を踏めば、下に支えがないから割れる。一枚を割れば、その下の重なりが崩れ、雨の道ができる。だから足の置き場を探しながら、瓦の上をそろそろと歩く。二十年、私はこの足の置き場を探し続けてきた。

古い瓦を活かす仕事もある。葺き替えで、まだ使える瓦を外して、また葺く。困るのは色だ。いぶし瓦の銀色は、年月で一枚ずつ違う焼け方をしている。新しいのし瓦を足すと、そこだけ色が浮く。揃わない。あの春に親方が言った言葉を、私はいまも屋根の上で思い出す。一枚では雨を防げない。重なりが防ぐ。重なりの寸法を読み続けたことが、私をいまの私にしてくれた。屋根の上では、今日も瓦が静かに重なっている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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