ウメガキリン(22歳・植物園の温室係4年)
大寒波の予報が出ると、温室は夜の当番制になる。ボイラーが一晩止まれば、熱帯の植物は朝までに傷む。その晩の当番は私で、宿直室の机には夜間警報の転送電話が、受話器を上にして置いてあった。鳴ったら一度で取れるように、いつもそうしておく。
消灯後の見回りには順番がある。まず暖房の吹き出し口の近く。送風が当たる鉢は乾きが早いから、指の第二関節まで土に入れる。次に窓際。外気で冷えたガラスに結露がつき、夜半にはそれが氷の膜になる。膜に触れている鉢を、一鉢ずつ通路側へ寄せる。鉢底が床を擦る音が、暗い温室にやけに大きく響いた。
最後に、夜にだけ開く花を見る。昼に固く閉じている白い花が、夜の温室では開いている。当番を何度かやれば誰でも知ることだ。眠っているのは昼の花のほうで、この花は夜に起きている。私はその前で立ち止まらず、温度の数字だけ確かめて通り過ぎる。
その晩、十一時すぎに転送電話が鳴った。一度で取った。熱帯温室、下限割れ。設定の下限は十五度、警報時の表示は十四度。長靴に足を入れて駆けた。長靴の中には昼の冷えが残っていて、走るほどに足の指が痛んだ。
ボイラー室の表示は消えていた。リセットボタンは固くて、親指の付け根で押す。点火スイッチは一度の長押しでは来ない。三秒で離して、もう一度。二度目で、奥に青い炎の立つ低い音がした。配管がパキと鳴って、温水が東側の壁から順に回りはじめる。デビュー作の朝に聞いたのと同じ順番だ。違うのは、いま外が真夜中だということだけだった。
点火が間に合っても、朝までもつとは限らない。私は計器の前で引き算をする。いま十四度、外気は氷点下八度、雪はまだ強い。この降り方なら、ボイラーが回っても明け方に一度、下限を割る。もたない、と決めた。最後の手は不織布のべたがけだ。冷えに弱い鉢の上から、白い布を掛けてやる。植物に布を掛ける夜があるとは、入った頃は知らなかった。
べたがけを終えて、窓際に戻った。さっき通路に寄せた鉢の、もとあった場所のガラスに、もう氷の膜が張りなおしていた。膜の向こうで雪が降っている。私は布を掛けた鉢の列を、もう一度数えてから、宿直室へ戻った。転送電話を、また受話器を上にして置きなおす。
夜が明ける前、空がいちばん暗くなる時間に、計器は十五度に戻っていた。夜開性の花は、その頃にはもう閉じはじめていた。長靴の中も、いつのまにか温まっていた。朝が来れば扉を開ける。けれど今夜の鉢の列が、明日の朝の私の最初の見回り先になる。布を外す順番を、もう体が決めていた。