ウメガキリン(22歳・植物園の温室係4年)
大寒波の予報が出ると、温室は夜の当番制になる。ボイラーが一晩止まれば、赤道の植物は朝までに傷む。窓の外は静かに雪が降りつもり、ガラス一枚を隔てた内側だけが、二十度の夏のままだった。その晩、当番は私だった。
夜の温室は、昼とはまるで別の場所だ。来園者の声も、霧のシュッという音もない。あるのは、自分の長靴が通路のタイルを擦る音と、暗がりの奥でボイラーが低く唸る音だけ。懐中電灯の輪を葉の裏に当てると、昼には見えなかった葉脈が、白く浮かび上がる。植物たちは静かに眠っているようにも見えた。
見回りには手順がある。まず暖房の吹き出し口の近く。ここの鉢は風で乾きが早いから、指を土に入れて確かめる。次に窓際。外気で冷えたガラスに結露がつき、夜半にはそれが凍る。凍った窓に触れている鉢を、通路側へ少しずつ寄せていく。それから、夜にだけ開く花を見て回る。昼に閉じている白い花が、夜の温室では音もなく開いている。眠っているのは植物のほうで、起きているのはこの花だけなのかもしれない、と思った。
その夜、宿直室で転送電話が鳴った。夜間警報だ。熱帯温室の温度が下限を割ったという。私は長靴に足を突っ込み、駆けた。長靴の中はまだ昼の冷えが残っていて、足の指が痛かった。
ボイラー室に入ると、表示が消えていた。再点火の手順は体が覚えている。元栓を確認し、リセットを押し、点火スイッチを長押しする。数秒の間があって、奥で青い炎が立つ低い音がした。胸をなでおろした、というのはこういう時のための言葉なのだろう。配管がパキ、と鳴って、温水が回りはじめた。
けれど、点火が間に合っても、朝まで温度がもつとは限らない。私は計器の数字と、外の雪の降り方を見比べて、判断する。もたないと踏んだら、最後の手は「毛布」だ。不織布のべたがけ。冷えに弱い鉢の上から、白い布をふわりと掛けてやる。植物に毛布を掛ける夜があるなんて、入った頃は知らなかった。
べたがけを終えて、私はしばらく窓際に立っていた。ガラスの外では雪が降りつづけ、内側では二十度の空気が私を包んでいる。たった一枚のガラスが、生と死を分けている。その境界の内側で、私はひとり、植物の寝息のような暖気の音を聞いていた。
夜が明ける前、空がいちばん暗くなる時間がある。夜開性の花は、その頃にはもう閉じはじめていた。私の長靴の中も、いつのまにか温まっていた。ガラス一枚が命の境界なのだ——そのことを、私はこの夜にはじめて、体で知ったのだと思う。朝が来れば、また扉を開ける。けれど夜の温室を知ってしまった私は、もう昼だけの温室係ではいられないのだと思った。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。