ウネメヒロ(44歳・金箔職人22年)
金を打つ仕事を二十二年している。一万分の一ミリまで延ばした箔は、息で飛ぶ。だから私の仕事場は、湿度の管理された工房の中にあるはずだった。ところがその夏、私は工房を出て、寺の足場の上にいた。箔を打つのではなく、押すために。
古い御堂の、何十年に一度という修復だった。普段は箔を産地から各地へ送り出すだけの私たちのところに、職人を現場へ寄こしてくれないか、という珍しい話が来た。長い歴史を刻んだ御堂の前に立つと、百年の祈りがそこに積もっているようで、足がすくんだ。こういう仕事に呼ばれることは、職人冥利に尽きるのだと思う。
足場の上は、工房とは何もかも正反対だった。風が吹く。山から下りてくる風が、組んだ単管のあいだを通って、押そうとする箔をさらっていく。竹箸で縁をすくった一枚が、ふっと指の先から消える。工房なら除湿機と霧吹きで空気を飼い慣らせるが、ここでは空気のほうが主人だった。私は風除けの養生シートを一枚多く張ってもらい、押す面のすぐ脇に湿らせた布を吊って、自分の手のまわりだけ、小さな工房を作ろうとした。
修復の方針を聞いて、少し意外だった。全部を新しくするのではない、と言うのだ。剥がしてみて、まだ生きている古い箔は残す。傷んで浮いた箇所だけ、新しく押し直す。だから一枚の框のなかで、前回の職人が押した古い箔と、私の押す新しい箔とが、隣り合うことになる。そこで難しいのが、艶の馴染ませ方だった。新しい箔はぎらりと立つ。古い箔は、煤と時間で艶が沈んでいる。境目をどうやって消すのか、私はずいぶん悩んだように思う。
箔押しは、漆の乾き加減が命だ。下地に漆を塗り、その漆がほどよく乾いて指に吸いつくくらいの一瞬を狙って、箔を置く。早すぎれば箔が沈み、遅すぎれば付かない。だから現場では、塗師(ぬし)の手と私の手とが、ひとつの時間を分け合うことになる。塗師が刷毛を引いてから、何分待つか。その日の温度と湿度で、待つ長さが毎回変わる。言葉はほとんど交わさない。塗師が刷毛を置いて顎を引く、その合図だけで、私は箔を持つ手を上げた。呼吸を合わせる、というのは、こういうことなのだと思った。
古い箔を残す、と決めたとき、私は前回の職人と対面していた。剥がれかけた箔の縁を見ると、押し方の癖が出ている。継ぎ目の取り方、箔と箔の重ね幅。名前も知らない、何十年か前のその人の手つきが、御堂の上に残っていた。私が押す新しい箔も、いつか同じように、次の誰かに読まれる。次にこの箔を張り替えるのは、私ではない。それを思うと、継ぎ目ひとつ、おろそかにできなくなった。
箔の枚数の話をしておきたい。工房では一枚ずつ、息を止めて扱う箔だ。それが御堂の一面となると、何万枚という桁になる。一枚は手のひらほど。それを継ぎ、継ぎ、継いで、柱を、框を、天井の格間を覆っていく。一枚の箔の重みを知っている人間が、それを何万枚と数える現場に立つ。手の中の薄さと、目の前の広さとが、どうにも釣り合わないような、奇妙な心持ちがした。
足場が外れて、御堂を下から見上げた日のことを、私はうまく言えない。新しく押した箇所は、強すぎるくらいに光っていた。ぎらぎらと、周りの古い金から浮いて見えた。それでいいのだ、と棟梁は言った。新しい金はいつも強い。何十年かけて、煤と手脂と線香の煙を吸って、ようやく周りに馴染む。今日の私には強すぎる金も、時間がゆっくりと育てて、本来の金色にしてくれるのだ。
工房に戻ると、また槌の音が私を迎えた。足場の上の風も、塗師の顎の合図も、何万枚という桁も、ここにはない。けれど私は、紙の機嫌をうかがいながら、ときどき思う。あの御堂の上で、私の押した新しい金は、今ごろ少しは時間に育てられただろうか。次に剥がす職人が、私の継ぎ目を、悪く言わずにいてくれればいい。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。