分娩の、夜
よその牛舎で、お産を預かる

ウラカワセナ(29歳・酪農ヘルパー7年)

夕方の搾乳を終えて引き継ぎノートを閉じようとしたとき、農家が牛舎の戸口に立って言った。「8番、今夜あたり産まれそうなんだ。すまないが、見ていてくれないか」。預かりは明朝までの約束だった。私は分かりましたと答え、その夜、よその牛舎で一頭のお産を待つことになった。

8番は落ち着かなかった。立ったかと思うと座り、また立つ。敷き藁を前肢で掻く。尾の付け根が、ふだんよりわずかに持ち上がっている。陰部がゆるんで、糸を引くようなものが垂れていた。私は房の外に椅子を出して、ただ見ていた。急いではいけない。お産は牛が自分でするもので、人はそれを邪魔しないために、そばにいるのだと思う。

夜の牛舎は、静かだった。ほかの牛は伏せて、ごく、ごく、と草を戻しては噛んでいる。蛍光灯のひとつが切れかけて、ときどき瞬いた。私はその下で、8番だけを見ていた。命が生まれようとしている場所には、不思議な厳かさがある。私はその静けさの中に、ただひとり、立ち会わせてもらっているのだった。

夜半過ぎ、8番が長く唸って、しゃがむように腰を落とした。陰部から、白い膜に包まれたものがのぞいた。破水だ。膜の中に、蹄が二つ。私は懐中電灯を近づけて、向きを確かめた。蹄の裏が下を向いている。前肢からの正常な向きだ。ノートには「8番、安産系」とだけあった。たぶん、大丈夫だろう。

どの段階で農家に電話をするか。これがいちばん難しい。早すぎれば、ただの呼び出しで眠りを破る。遅すぎれば、立ち会いたかった瞬間に間に合わせられない。お産は、農家が自分の手で取り上げたい瞬間でもある。私は蹄が二本そろって出たのを見届けてから、電話をかけた。「破水しました。前肢、向きは正常です」。農家は「すぐ行く」と短く言って切った。

けれど陣痛が二度、三度と来ても、子牛は肩のところで止まったまま、なかなか進まなかった。私は介助用のロープを子牛の両肢にかけた。引くべきか。早すぎる介助は母牛の産道を傷める。けれど待ちすぎれば子牛が危ない。私は8番がいきむのに合わせて、いきむときだけ、斜め下へ引いた。力ではなく、波に合わせる。肩が抜けると、あとは一息だった。濡れた塊が、藁の上に滑り落ちた。

子牛は動かなかった。私は鼻と口の膜を指で拭い、藁を一束つかんで胸のあたりを強くこすった。耳の中に藁を入れて刺激する。やがて、ぶる、と鼻を鳴らして、最初の息が入った。私は初乳のことを思い出して、母屋の冷蔵庫から預かっていたバケツの初乳を温めにかかった。生まれて数時間の初乳が、この子の一生の体を作る。それだけは、遅らせてはいけない。

農家が駆け込んできたのは、子牛が二度倒れて三度目で立った、ちょうどそのときだった。「ああ、産まれたか」。農家は濡れた子牛の背に手を置いて、それからしばらく、何も言わなかった。私たちは並んで、立ったばかりの子牛が母牛の乳を探して鼻先を寄せるのを見ていた。命の誕生に立ち会うというのは、何度経験しても、胸が熱くなるものだ。

翌朝、引き継ぎのとき、農家が「よくやってくれた。あの止まり方は、お前が引かなかったら危なかったかもしれん」と言った。私は引いた段階が早くなかったか、ずっと考えていた。けれど農家のひとことで、少しだけ救われた気がした。よその牛舎の、よその命の現場が、私をヘルパーとして育てているのだと思う。私は今日もどこかの戸を開けて、その家のノートを開く。一行目から。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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