ウラカワセナ(29歳・酪農ヘルパー7年)
年末年始は、ヘルパーの繁忙期だ。農家にも親戚の集まりがあり、法事があり、初詣がある。けれど牛は、毎日搾る。十二月に入ると、組合の事務所のシフト表は、年末年始の欄から先に埋まっていく。みんなが休みたい日が、同じところに重なるからだ。
シフト表の正月は、変な形をしている。十二月二十九日から一月三日まで、希望の休みを書き込む欄に、赤い丸がいくつも重なって押し合っている。組合の担当者が、その重なりを一つずつほどいていく。「ここはヘルパー二人で回す」「ここは私が入る」。誰かが休めば、誰かが入る。年末年始だけは、その入れ替えが、ふだんの倍の速さで起こる。
依頼の電話は、たいてい同じ言葉で始まる。「すみませんね、正月に」。私はいつも、同じ返事をする。「牛は、正月を知りませんから」。半分は冗談で、半分は本当だ。電話の向こうの農家は、少し笑って、それから日にちと頭数を言う。正月料金には割増がつく。それでも頼んでくるのには、その家それぞれの事情がある。母親の七回忌、嫁いだ娘の里帰り、何年ぶりかの家族旅行。割増の数字より、休みたい一日のほうが重い人たちが、電話をかけてくる。
大晦日の夕方、私はよその牛舎にいた。戸を開けると、いつもの夕方の搾乳が、いつも通りに始まる。テレビの中では、紅白歌合戦が始まろうとしていた。けれど牛舎には、ミルカーの音と、牛が草を食む音しかない。世間が一年でいちばん浮き立つ夕方に、牛舎だけは、三百六十四日と同じ顔をしていた。除夜の鐘が遠くで鳴りはじめても、牛は反芻をやめなかった。その対比に、私はしばらく立ち止まっていた。
年越しの引き継ぎは、ヘルパー仲間との連絡で回る。「明日の朝は私が入ります」「三日の夕方、代わってもらえますか」。グループの連絡には、夜中も短い文字が並ぶ。「あけましておめでとう。○番、まだ乳房が張ってるので注意」。新年の挨拶と、牛の申し送りが、同じ一行に並んでいた。私たちの正月は、こういう一行でできている気がする。
今年は、自分の実家に帰れない年だった。元日の朝、私はまた別の牛舎の戸を開けた。外はまだ暗く、いつもの朝と何も変わらない。牛たちが首をこちらへ回す。知らない人間が入ってきたのを、確かめている。ノートの一行目を読んで、私は最初の一頭の前に立った。元日も、二日も、牛にとってはただの朝だった。
搾り終えて、牛舎の真ん中で、私は反芻の音を聞いていた。ごく、ごく、と、あちこちで草が戻されては噛まれている。その音は、去年の音と何も変わらない。テレビの中で年が明けても、牛舎の中では、いつも通りの反芻の音で年が明けるのだった。
帰り際、私は牛舎に向かって頭を下げた。あけましておめでとうございます、という気持ちで。それから鍵を返しに、暗い道を歩いた。
牛は年を知らない。それがこの仕事なのだと思う。世間が休む日にこそ、誰かが牛舎の戸を開けなければならない。私はその誰かでいられることを、たぶん、悪くないと思っている。今年もどこかの牛舎で、いつも通りの反芻の音を聞きながら、私は新しい一年を始めるのだろう。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。