マーク(48歳・元ALT・米国出身)
八年ぶりにオハイオの実家に帰った。空港のコーヒースタンドで紙コップを受け取ったら、側面に黒い太字でこう書いてあった。"CAUTION: CONTENTS ARE HOT"。全部大文字。日本の市役所近くのカフェで使っていた紙コップには、小さな丸文字で「やけどにご注意ください」と書いてあった。同じことを言っているのに、母国の紙コップのほうが、私を怒鳴っているように聞こえた。
たぶん、私が変わったのだ。愛知の中学で八年、英語を教えていた。職員室の電気ポットには「給湯中」という札しかなかった。体育館の入口にも「土足厳禁」とだけ。短い。理由は書かない。生徒は理由を聞かない。私は最初、その不親切さに戸惑って、あとで慣れて、最後はそれが普通になっていた。
実家のヘアドライヤーには "DO NOT USE WHILE SLEEPING" と刻印されていた。眠りながらドライヤーを使う人間を、誰かが想定し、訴え、メーカーが文字にした。弟の家のピーナッツの袋には "MAY CONTAIN NUTS"。ナッツの袋がナッツを含むかもしれないと断る。八年前の私なら笑い飛ばしていた一文に、今は少しだけ身構える。誰かがこれで誰かを訴えたんだな、と先に考えてしまう自分がいた。
弟に「アメリカの注意書きって多すぎないか」と言ったら、「日本のほうが怖いだろ、何も書いてないんだから」と返された。彼は日本の駅で、ホームの端の警告が小さすぎて読めなかった話をした。彼にとっては、書いていないことのほうが不安なのだ。警告の量は、たぶん信頼の裏返しだ。書かないのは「言わなくても分かるだろう」、書くのは「言っておかないと責任が来る」。どちらが優しいのか、私にはもう分からない。
困ったのは、私がどちらの側にも完全には戻れないことだった。紙コップの大文字は大げさに感じる。でも、日本の「ご注意ください」の静けさも、今は少しよそよそしく聞こえる。八年で、私の中の基準がずれた。どちらの国の警告文も、昔ほど自然には読めない。
結局、コーヒーは熱かった。"CONTENTS ARE HOT" は正しかった。私は蓋の飲み口に口をつけて、少し舌を焼いた。大文字で警告されていたのに、私は warning を読んで、それでも熱いものを熱いまま飲んだ。アメリカに帰ってきたのか、日本から離れたのか、舌の先がひりひりするだけで、まだ決められずにいる。