ウスダマコト(44歳・生コンプラント出荷管理22年)
大型打設の日というのがある。マンションの基礎や、橋の床版を、一日で一気に流し込む日だ。数百立米。私のプラントの机が、一日まるごとその現場に縛られる。前の晩から、私はその日のことだけを考えている。打設は、プラントと現場が一本の管でつながる、年に何度かの本番なのだと思う。
前日の夕方、段取り会議がある。現場の所長と、ポンプ屋と、私。打つ量は四百立米。一台が四・五立米だから、九十台ほど要る計算になる。ポンプの圧送が一時間に三十立米なら、車は二十分に一台ずつ着けばいい。早すぎれば現場の前で時計が回り、遅れれば管の中のコンクリートが止まる。台数と、間隔。私はその二つを、白板の上で何度も引き算した。
当日の朝、一台目が着く。すぐには流さない。スランプ試験をして、温度を測る。スランプ18の注文に対して、コーンを抜いたら18.5。温度は28度。許容の中だ。合格してから、初めて打設は始まる。一台目が試験で弾かれれば、その日の段取りは朝から組み直しになる。だから一台目だけは、私はいつも自分で配合を確かめてから出した。
始まれば、あとは流れだ。ポンプ車が管の先までコンクリートを送る。圧送の速度と、車の到着が合っているうちは、管は途切れない。一台が空になる前に、次の一台がホッパーに後ろ向きで着けて、待っている。この同期が崩れた瞬間、管の中で先頭のコンクリートが止まり、固まり始める。途切れさせないこと。それだけを、現場とプラントの全員が見ていた。
打ち継ぎの時間というのもある。下の層を打ってから、その上に次の層を重ねるまで。前の層が固まりきってしまうと、上下が一体にならない。継ぎ目に弱い線が走る。コールドジョイントだ。だから前の層がまだ柔らかいうちに、次の層を打ち重ねていく。固まる前に、次。この理屈の前では、休憩も昼飯も後回しになった。現場というのは、みんなが一丸となって一つのものを作る、いい場所だと思う。
無線が往復する。「プラント、あと何台」「残り十二台」「ペース上げてくれ、こっち空いた」。現場が速く打てば、私は練りを詰めて車を早く出す。現場が詰まれば、私は車を一台、構内で待たせる。現場のバイブレーターの音と、プラントのミキサーの回る音が、無線越しに調子を合わせていく。打設の日のプラントは、現場の出先機関のようなものだったのかもしれない。
昼前、一台が高速の渋滞でつかまった。練ってから、もう七十分。現場まであと十分。着くころには八十分を越える。微妙な数字だ。所長は「いけるだろう」と言ったが、私は無線でその一台を止めた。「廃棄してくれ、次を練り直す」。九十分という線は、越えていなくても、越えそうなら捨てる。一台四・五立米、捨てる金は出るが、継ぎ目に弱い線を残すよりはいい。たぶん、それでよかったのだと思う。
夕方、現場から無線が入った。「打設完了、ご苦労さん」。四百立米、途切れなく入った。だが私の一日はまだ終わらない。戻ってきた車のホッパーを洗い、その洗い水を沈殿槽に回し、上澄みと泥に分ける。最後の一台の洗い水が片づいて、ようやく帳面を閉じる。打設は、流し終わった瞬間ではなく、管と車が空になった瞬間に終わるのだ。
二十二年で、打設の日は数え切れない。途切れさせないのが打設なのだ。台数を読み、間隔を引き、一台を捨て、管を止めない。その日の現場は、私の段取りの上にだけ立っていた。今日もどこかのプラントで、誰かが無線を握り、九十分と競走しながら、街の礎を流し込んでいる。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。