ワダタケル(45歳・ボウリング場機械係20年)
ボウリング場の機械係を二十年やっている。客が見ているのは、レーンの突き当たりで倒れる十本のピンだ。その向こう側に何があるか、客は知らない。私はその向こう側にいる。倒れたピンを拾い、傷を見て、また立て直す。表の歓声と、裏の機械の音。その二つで、ボウリングという遊びは出来ている。
ピンセッターという機械がある。倒れたピンを拾い上げ、ターレットという円盤に載せ、ベルトで運んで、また十本の位置に並べ直す。客から見えるのは、最後にピンが下りてくる一瞬だけだ。その一瞬の裏で、機械は休みなく回り、ピンを掴んでは離し、掴んでは離している。表からは見えない工程が、ずっと続いている。
二〇〇六年、二十五歳の春に、この仕事に就いた。最初の数日は、表のフロアばかり拭いていた。裏に入れてもらえたのは、一週間ほど経ってからだ。先輩が「詰まったから、ちょっと来い」と言って、レーンとレーンの間の細い扉を開けた。客席のざわめきが、急に遠くなった。
裏は、機械の森だった。天井は低く、通路は人ひとりがやっと通れる幅しかない。油の匂いと、ベルトの回る音が満ちていた。私の背丈ほどある鉄の塔がずらりと並んでいて、その一本一本が、一つのレーンのピンセッターだった。客から見れば一枚の壁の向こうに、こんなに大きな機械が隠れているのかと、そのとき初めて知った。
詰まりは、ピンが斜めに引っかかって起きていた。先輩がターレットの裏に手を入れ、ピンを一本抜いて、傷を確かめた。「ピンは消耗品だ。傷が深くなると、転がり方が変わる。客は気づかないけどな」。そう言いながら、抜いたピンを脇に置き、新しいピンを一本、足した。手つきは、いつもの作業のようだった。
そのときだった。壁の向こうから、わっと歓声が上がった。隣のレーンで誰かがストライクを出したのだ。表で聞けば、それは一人の客の華やかな歓喜の声だっただろう。けれど裏で聞くと、違って聞こえた。ピンが十本同時に倒れる音が、壁越しに、機械の音の隙間から、どっと流れ込んでくる。歓声というより、十本ぶんの倒れる音が一度に届く感じだった。
表の客は、自分の歓声を聞いている。裏の私は、ピンが倒れる音そのものを聞いている。同じストライクなのに、表と裏では、まったく別の音がしているのだった。場内アナウンスのチャイムも、裏で聞くとくぐもって、誰かが遠くで喋っているようにしか聞こえない。私はそのとき、自分が客とは違う場所に立ったのだと、なんとなく感じていたのかもしれない。
その日から二十年、私はずっと裏側にいる。ボールリターンの内部を覗き、レーンにオイルを塗るパターンを変え、ピンの傷を一本ずつ見てきた。客の歓声は、いつも壁越しに、機械の音と混ざって届く。表の音と裏の音、その二つの音で一つの遊びが出来ている——それを知っているのは、壁の裏にいる人間だけだ。
あの日、壁越しに聞いた十本ぶんの音が、私を娯楽の裏側の観察者にしてくれた。客は前から見て、私は後ろから聞く。倒れるピンの、その後ろ側に、私はずっと立ち続けている。今日もまた、どこかのレーンで歓声が上がり、私の手元では、ピンセッターが静かにピンを並べ直している。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。