ワダタケル(45歳・ボウリング場機械係20年)
閉店後のボウリング場は、別の場所になる。客が帰り、最後の一組のスコアモニターが消えると、場内の照明は半分だけ落とされ、流れていた音楽も切られる。昼間あれほど鳴っていた建物が、急に黙る。その静けさの中で、私たちはレーンにオイルを引き直す。客が一日かけて削っていった見えない地形を、夜のうちにもう一度ならしておく仕事だ。
レーンには、目に見えないオイルが塗ってある。木とは限らない、いまはほとんどが合成の板だが、その表面に薄く油が引いてあって、これがボールの曲がり方を決めている。どこに厚く、どこに薄く引くか。その分布をパターンと呼ぶ。客には見えないし、見せない。けれど投げれば誰もが、その見えない地形の上をボールが滑っているのを、曲がりとして感じている。
オイルマシンという機械が、それを引く。タンクを積んだ箱型の機械を手前のアプローチに据え、スイッチを入れると、ゆっくりとレーンの奥へ走っていく。ドレッシングの距離はフィートで指定する。手前から何フィートまで油を乗せ、その先は乾かしておくか。走行音は低く、規則正しい。誰もいない場内に、その音だけがコトコトと響いている。往って復って、一本のレーンに数十分。
パターン表というものがある。レーンの幅と長さを方眼に見立て、どの板目に油を何往復乗せるかを描いた、オイルの分布図だ。明日が大会なら、主催が指定したパターンに合わせて引く。難しいパターンほど、油は短く、薄い。プロは乾いた板の上でボールを大きく曲げてくる。一般営業の日は、誰が投げてもそこそこ真っ直ぐ走る、優しいパターンにしておく。同じレーンが、夜のうちに別の地形に化ける。
機械が走っている数十分、私は手があく。けれどその時間に、ほかのことをやる。アプローチの粘着チェックだ。助走路を靴底で擦って、引っかかりがないかを確かめる。ここがべたつくと、客は踏み込んだ足が止まって転ぶ。だから雑巾で拭き、ときに専用の粉をはたく。ハウスボールの指穴も点検する。穴の縁が欠けると指を切るから、棚のボールを一つずつ手に取って、縁を指でなぞっていく。ガターには客の落とした髪やほこりが溜まっていて、それも掃く。
四十台のピンセッターが、レーンの突き当たりで眠っている。昼間はあれほど回っていた鉄の塔が、夜は一台も動かない。電源を落とした機械は、ただ黒い塊として並んでいる。その四十台が沈黙している場内で、聞こえるのはオイルマシンの走行音と、自分の雑巾の音だけだ。あの歓声の建物が、こんなに静かになるものなのかと、二十年やっても夜ごとに思う。
最後のレーンの油を引き終えると、機械を片づけ、タンクを拭く。場内をひと回りして、ガターに落ちものがないか、アプローチに忘れ物がないかを見て、半分落としていた照明を全部切る。真っ暗になった場内で、油を引いたばかりのレーンが、わずかに窓の光を返している。明日、客はこの上を、何も知らずに投げるのだろう。戸締まりをして、私は裏口から出る。
客が見ているのは、自分のボールの曲がりだ。私が引いているのは、その曲がりを生む見えない地形だ。誰も見ないし、見せもしない油の分布を、毎晩ならし直す。あの夜の静けさが、私を見えない地形を作る人間にしてくれた。客は前で歓声を上げ、私は閉店後の暗いレーンで、明日の曲がりを静かに準備している。今日もまた、オイルマシンがコトコトと、誰もいないレーンを往復している。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。