ハウスボールの、指穴
誰の手にも合わず、誰の手にも入る

ワダタケル(45歳・ボウリング場機械係20年)

ボウリング場の機械係を二十年やっている。レーンの裏や、ボールリターンの内側だけが私の持ち場ではない。ハウスボール——客に貸し出すための、棚に並んだボールも、私が見ている。マイボールを持たない客が手に取る、あの色とりどりの球だ。その一つ一つの指穴を、私は点検のたびに指を入れて確かめる。

マイボールの客は、ハウスボールの穴を「あんな穴」と言う。自分の指に合わせて開けた穴を知っている人ほど、貸し球の穴を緩いと笑う。けれど私は、その「あんな穴」を毎晩なぞりながら、少し違うことを思っている。あの穴は、緩いのではない。不特定多数の指に、少しずつ削られてきた穴なのだ。

点検のとき、私は親指の穴に自分の指を入れる。よく使われる球ほど、穴が緩い。取りやすいラックの高さに置かれた、ちょうどいい重さの十一ポンド。色でいえば、表示の塗りがいちばん擦れている球だ。そういう球の穴は、入れた指がすっと吸い込まれて、縁が指の腹に当たらない。何千本もの指が、ここを通っていったのだと、入れた指でわかる。

穴には径がある。スケールを当てて測ると、新品は規格どおりに開いている。それが使われるうちに、ほんのわずかずつ広がる。広がった分を、客は感じない。ただ「この球は持ちやすい」と思って、また同じ球を取る。持ちやすいから使われ、使われるからまた広がる。緩い穴は、その球が選ばれてきた証なのだと思う。

縁が欠けることがある。穴の入り口の、ふちのところが爪ほど削れて、放っておくと客が指を切る。私はそこに補修パテを盛り、固まってから削りを当てて、段差を消す。重さの表示も塗り直す。十一ポンドは赤、十二ポンドは青、と色で重さを分けてあるのに、その色が擦れて読めなくなる。子どもが軽い球を取れるよう、軽い色は読めるようにしておきたい。

ラックの並べ方にも、決まりがある。軽い球を、子どもの手が届く下の段に。重い球は上だ。誰が決めたわけでもないが、二十年そうしてきた。子どもが背伸びをして重い球を落とさないように、初めて来た客が、自分の力に合う球をなんとなく取れるように。棚の段の高さは、客の手の高さなのだと思う。

ボールリターンで戻ってくる球には、傷がつく。レーンを往復し、機械の中を通り、また手元に戻る。そのたびに表面が擦れ、細かい傷が増える。傷が深くなり、穴の縁の欠けが補修でも追いつかなくなれば、その球は廃棄になる。重さの表示が読めなくなり、穴の径が規格より広がりすぎて、もう誰の指にも頼りない——そうなったとき、私はその球を棚から下げる。

マイボールの穴は、一人の指に合わせて開けてある。だからその人にしか合わない。ハウスボールの穴は、その逆だ。何千本もの指に削られて、誰の指にも、特別には合わない。けれど、誰の指でも、とりあえず入る。万人の指の平均値こそが、公共の形なのだ。誰の手にも合わないが、誰の手にも入る——そういう穴を、私は今夜も指でなぞっている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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