二十二歳、先輩の話を遮った日(第二稿)
名古屋の機械メーカー、入社一年目の七月

ワタナベ(65歳、元会社員、名古屋在住)

私は二十二だった。入社一年目の七月、三河の工場へ向かう。真夏の名古屋は蒸し暑く、真新しいスーツが肌に張り付いた。先輩のヤマモトさんは助手席で静かに腕を組んでいる。工場からの報告書には目を通したが、実物に触れるのは初めてで、緊張で手のひらに汗がにじむ。

ヤマモトさんは物静かな人だった。商談でも相手の話をよく聞き、ゆっくりと、しかし確実に進める。工場は鉄と油の匂いがこもり、機械音が響く。社長は五十代半ばだろうか、日に焼けた顔に深い皺が刻まれていた。ヤマモトさんが新製品の材質について説明する間、社長は腕を組み、顎を撫でながら、時折小さく頷くだけ。その視線は、製品サンプルと私とを交互に見ていた。

商談が中盤に差し掛かった頃、私の頭に別のアイデアがひらめいた。新製品の塗装工程を、うちの別の工場で手掛ける案だ。今思えば、それは若さゆえの浅はかさ、いや、功を焦る気持ちだった。ヤマモトさんの言葉が途切れる隙を狙い、私は口を開いた。「社長、塗装は弊社の○○工場でも可能です。コストを抑え、納期も短縮できます。」社長は話を聞き終えると、大きく息を吐いた。私は、場の空気が凍りつくのを肌で感じた。

社長はただ私の目を見据え、深々と一つ頷いた。「検討させてもらう。」その声は低く、感情は読み取れない。ヤマモトさんは、何も言わず社長と私とを見比べていた。提案書を閉じ、深く頭を下げたヤマモトさんの背中が、重く見えた。結局、商談はまとまらず、次のアポイントメントも取れなかった。

帰り道のタクシーは、工場の裏手の道を縫って走る。エンジンの唸りが妙に耳についた。ヤマモトさんは助手席で、腕組みをしたまま、ずっと窓の外を見ていた。左手の薬指に光る結婚指輪だけが、夕日に照らされていた。その横顔は、四十年前の私には理解できない、深い諦めのようなものをたたえていた。隣で私は、心臓が握り潰されるような後悔に苛まれていた。高速道路に入り、夕焼けがガラスに映る。

翌朝、私は便箋を取り出した。拙い字で、社長宛とヤマモトさん宛に、二通の詫び状を手書きした。昨晩からずっと、謝罪の言葉を考えては消し、また書いた。朝一番で出社し、ヤマモトさんに「これを」と差し出した。彼は無言でそれを受け取り、胸ポケットに収めた。後日、社長には伝わったと聞いたが、商談が再開されることはなかった。

去年のことだ。ヤマモトさんの定年退職の送別会が開かれた。酒が回り、皆の興奮が冷めない頃、私はヤマモトさんの元へ行った。「あの時の手紙、私はずっと後悔していました。」耳元でそう言うと、彼は一瞬目を見開き、それからすぐに、困ったように口角を上げた。「もういいさ。」彼はそう言って、私の肩をぽんと叩いた。

その夜、私はグラスを傾けながら、四十年前に彼が窓の外に見ていたものが、何だったのかを考えた。あの困ったような笑みは、何を意味したのだろう。私があの時壊したものは、その後に修復されたのだろうか。それとも、あの商談の破談以上に、もっと決定的な何かを、私は踏み砕いてしまったのか。あの三河の空の下、工場で響いた機械音と、タクシーのエンジン音、そして、その間に横たわる沈黙の深さを、私は今も測りかねている。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。