ポケットの中身を、トレーへ
検査員一年目、観察者になると決めるまで

ヤブキマドカ(35歳・空港保安検査員13年)

「ポケットの中身を全部トレーへお願いします」。この一文を、私は一日に数百回言う。十三年、ずっと言い続けてきた。最初の一年は、空港という場所のあの旅立ちの高揚感に、自分も少し浮かれていたのかもしれない。鍵束、薬のシート、お守り、小銭。トレーの上に物が並ぶたびに、私は同じ言葉を繰り返した。

保安検査の目的は、危険物を見つけることだ。それ以外ではない。研修でも繰り返し言われた。トレーの上の物を観察してはいけない、覚えてはいけない、と。人の持ち物は無防備にそこに並ぶけれど、私たちが見るのはあくまで、危ないものがないかどうか。そういう訓練を、私たちは受ける。

二〇一三年、私は二十二歳で、この仕事に就いたばかりだった。X線検査装置のモニターの前に座る日もあれば、金属探知ゲートの横に立つ日もあった。ゲートが鳴る、あの少し間延びした電子音。液体物は透明な袋に入れてもらう。トレーを回収し、また流す。その繰り返しの中で、私はただ手順を覚えることに必死だったのだと思う。

繁忙期の朝は、行列が検査場の端まで届いた。何百人もの人が、同じ列に並んでいた。ある日、私はふと顔を上げて、その列を見た。みんな、ベルトを外していた。靴を脱いでいた。上着を脱いで、腕にかけていた。スーツの人も、リュックの学生も、杖をついたお年寄りも、みんな同じように、少し所在なげに立っていた。

そのとき気づいたのだ。ここは、全員が同じ姿勢になる場所なのだと。行き先はみんな違う。けれど検査場の前では、誰もが同じように身につけたものを外し、両手を少し広げて、待っている。これほど多くの人が、同じ無防備さで一列に並ぶ場所を、私はほかに知らなかった。

それからだ。私は、トレーの上を見るようになった。といっても、覚えてはいけないという訓練は守っている。見ても、覚えない。けれど数十秒のあいだ、トレーの上の物が、その人の暮らしを少しだけ語るのを、私は聞くようになった。子どもの折り紙が一枚混じっているトレー。薬のシートが几帳面に並んだトレー。お守りが二つあるトレー、たぶん家族のぶんなのだろう。

行き先は、搭乗券を見ればわかる。でも私が見ているのは、行き先ではなかったのかもしれない。トレーの上に並ぶのは、その人がどこへ行くかではなく、その人がどう暮らしているか、だった。出張の多い人の鞄は角が擦れている。子連れの旅は荷物が多い。ひとり旅の人は、案外、持ち物が少ない。

再検査が必要なときは、声をかける。「もう一度お願いできますか」。なるべく相手が恥ずかしくならないように、と先輩に教わった言い方だ。トレーをもう一度流してもらいながら、私はその人の手元を見る。見て、すぐ忘れる。それでいい。観察者であることと、覚えないことは、両立する。

あれから十三年。私は数えきれないほどのトレーを見送ってきた。保安検査場は、人を疑う場所だと思われがちだ。でも私にとっては、人がいちばん無防備になる、いちばん正直な場所だった。トレーの上の数十秒が、私をいまの私にしてくれた。今日も私は、同じ言葉を言う。「ポケットの中身を全部トレーへお願いします」。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。