ヤブウチソラ(28歳・ロープウェイの運転係6年)
運転席の計器盤に、風速計の数字が緑の点で出ている。いまは四・二。山頂側の風が強くなると赤に変わり、十五を超えたら止める。お客さまは窓の外を見ている。私はこの数字と、窓を斜めに横切っていく索条という一本のロープを見ている。六年、ずっとそれを見てきた。
二〇二〇年、二十二歳でこの索道事業所に入った。仕事は、合図、速度、風、揺れ止め。朝は無人のゴンドラを一往復させる試運転から始まる。誰も乗っていない箱が朝の逆光のなかを昇っていって、何ごともなく戻ってくると、その日の山が開く。
一年目の私は、数字だけを見ていた。緑なら動かす、赤なら止める。判断を数字に渡しておけば、何かあっても風速計のせいにできる。そう思っていた、と今ならはっきり書ける。
その日、風速計は六・八。緑だった。動かしてよかった。けれど先輩が窓の外をじっと見て、索条を指した。「風速計を信じろ。でも風速計が拾わない谷の風がある。索条の揺れを見ろ」。見ると、谷を渡るあたりで、索条が山側へ二度、続けて横に流れた。数字は緑のまま動かない。屋上のプロペラには届かず、谷底だけを抜けていく風があるのだった。
その日は運休にした。入口に貼り紙を出すと、山頂駅から音が消えた。動くはずの索道が止まっている山の上は、風の音だけが大きい。お客さまのいない駅で、私は索条を見ていた。緑の四・二の向こうで、ロープは何度も山側へ流れていた。風速計が一度も拾わない風が、たしかにそこを通っていた。
すれ違いは、毎日、路線の真ん中で起きる。その日、運転を再開した夕方、私は中間点で下りのゴンドラとすれ違った。向こうの箱には、行きにも乗せた赤い帽子の親子がいた。二台が会うのは数秒で、子どもがこちらに手を振って、すぐに窓は谷の向こうへ流れていった。私も手を上げていた。それきり二度と会わない人に、毎日、同じ場所で一度だけ会う。
最終便は十六時四十分。これに乗り遅れたら山から下りられない。発車前、私は山頂駅の展望デッキ、トイレ、ベンチの裏の三か所を回って、残っている人がいないか確かめる。一度だけ、写真を撮りに尾根へ入った一人が下りてこなかった日があった。無線で「最終、五分待つ」と伝え、五分後に降りてきたその人を最後に乗せて、ゴンドラが谷へ下りると、山に夜が来た。
六年で、動かした日と止めた日を数えたことはない。覚えているのは、緑の数字の向こうで山側へ二度流れたあの索条と、中間点で一度だけ手を振った赤い帽子だ。私はいまも、数字ではなく、ロープの一本の流れを見ている。