器械の、数合わせ
中央材料室一年目、数を数える人になるまで

ヤエガシモネ(42歳・病院の滅菌技士20年)

病院の地下に、中央材料室という部屋がある。手術で使われた器械は、ここで洗われ、点検され、術式ごとのセットに組まれ、滅菌されて、また手術室に戻っていく。その全部が、患者も医師もいない地下で行われる。私はそこで二十年、器械を数えて生きてきた。

二〇〇六年、二十二歳の春に、私はこの部屋に入った。最初の数日は、洗浄機のラックに器械を並べる係だった。鉗子、剪刀、鑷子、鈎。名前も用途も知らないまま、先輩の手元を見て、同じように並べた。命を支える現場の、いちばん奥にいるのだという誇りのようなものが、その頃の私にはあった気がする。

入って一週間ほどした日のことだ。先輩が、戻ってきた器械の山を前にして、私に言った。「数を数えろ。出した数と、戻った数。一本でも違ったら、それは手術室の中に残ってるかもしれないということだ」。患者の体の中に、という意味だった。私はそのとき初めて、自分が何の仕事をしているのかを知ったのだと思う。

それからの私は、数を数える人になった。器械には、洗う前に数えるのと、組むときに数えるのと、滅菌から出して数えるのと、いくつもの数え方がある。どこかで一本足りなければ、工程を遡って探す。床に落ちていることもあれば、別のセットに紛れていることもある。たぶん、いちばん怖いのは、どこを探しても見つからないときだったと思う。

器械の点検も覚えた。鉗子は、噛み合わせがすべてだった。光にかざして、先端の歯がきちんと合うかを見る。少しでもずれていれば、組織を確実に挟めない。手元で何度か開け閉めして、噛み合わせの感触を確かめる。この一本が、誰かのお腹の中で血を止めるのだと思うと、指先に神経が集まった。

セットの組み方は、術式ごとに違った。虫垂炎のセット、帝王切開のセット、心臓のセット。それぞれにセット表があって、何がどの順で何本入るかが決まっている。表のとおりに、決まった向きで、決まった場所に置いていく。私は表を見ては器械を置き、置いては表に戻り、その往復を繰り返した。手が表を覚えるまでに、ずいぶんかかった。

組み終えたセットは、蒸気滅菌器に入れる。重い扉を閉めると、やがて中から蒸気の音がした。包みの表に貼ったインジケーターは、規定の温度と時間を通ると色が変わる。淡い色が、はっきりした色に変わっている。それを確かめて、扉を開ける。私は、その色の変化を見るのが好きだった。

手術が終わると、器械が戻ってくる。私はまた数える。出した数と、戻った数。それがぴたりと合ったとき、私は、その手術が無事に終わったことを知る。医師の顔も、患者の顔も知らないまま、数の一致だけが、私に成功を告げる。手術室の音は、ここまでは聞こえてこない。

あれから二十年、私は数を数え続けてきた。誰にも見られない地下で、誰の名前も知らないまま、ただ出した数と戻った数を合わせる仕事。けれど、数を数えることが、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日も滅菌器の扉は重く、蒸気の音は静かに鳴っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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