ヤエガシモネ(42歳・病院の滅菌技士20年)
夜の中央材料室は、昼との違いが音でわかる。昼は洗浄機が六台、隣り合って回って、扉の開け閉めの金属音が止まない。夜の当直は私一人で、その六台が全部止まっている。止まった機械の前に立つと、自分の呼吸の音が聞こえる。電話は、たいていその静けさの底で鳴る。
内線が鳴る。表示は手術室。受話器を取ると、声が速い。緊急の開腹、定数のセットだけでは腸の鉗子が足りない、と。日勤の私たちは、その日の予定手術のぶんしか滅菌して出していない。予定にない夜の手術は、誰かが器械を起こさないと回らない。声の速さで、執刀がもう始まっているのか、これからなのかがわかる。これからだった。
足りないぶんは、隣の市民病院から借りる。借りた器械は、届いてすぐは使えない。よそから来たものは、洗って、点検して、組んで、滅菌してからでないと術野には出せない。だから逆算する。器械が届くのが二時十分、洗浄機が一回四十分、それから組んで、滅菌に。執刀医はあと一時間で腸を出すと言った。つまり三時十分までに上げないと、間に合わない。受話器を置いた時点で、私の頭の中では時計が逆向きに回りはじめている。
その鉗子は、内腔のない単純な器械だった。だから高速のプログラムが使える。内腔のある器械や、布物の包みなら、このプログラムは弾かれて使えない。私が確かめるのは、いつもそこだ——中身が高速の条件に合うか合わないか。合っていた。間に合う、と思った。
二時八分、台車が届いた。市民病院の青いシールの貼られたコンテナ。開けると、同じ腸鉗子でもうちのよりリングが一回り大きい。指を入れると、私の指には余る。よその手に合わせて作られた器械だと、こういうところでわかる。中身を数え、刃を下にして洗浄機のラックに立てた。扉を閉め、四十分のボタンを押す。止まっていた六台のうち、一台だけが動きはじめる。
洗浄が終わるのを、私は止まった機械の列の前で待った。組んで、滅菌器へ。重い扉を閉めると蒸気の音がして、包みのインジケーターの線が、淡い色から濃い色へ変わっていく。色が変わるまでが、いちばん長い。三時を少し回って、線は濃くなっていた。間に合った。
器械を手術室へ上げる。受け取りに来た看護師は、もう次のことを考える顔で、コンテナを抱えて消えた。礼を言うひまもない。それでいい。手術室の音は、ここまでは降りてこない。私は、あの大きいリングの鉗子が、いま誰のどの腸を挟んでいるのかを知らない。借りた器械は、洗った私の指の感触だけを残して、上へ行った。
朝、日勤の人が来る前に、引き継ぎメモを書く。二時四分呼び出し、市民病院より腸鉗子二本借用、高速滅菌、三時十二分搬出。借りた二本は、洗って返す。誰の手術だったかは、メモのどこにも書かない。書く欄がない。私はそれを知らないまま、青いコンテナを返却の台車に載せた。止まった六台の機械が、また昼を待っている。