香りの、苦情(第二稿)
香りを愛して入った業界で、香りを減らす日々

ヤヒロカエデ(37歳・香料会社の調香師15年)

柔軟剤やシャンプーの香りを設計している。すれ違いざまに誰かが「いい香り」と思うその一秒は、私の手元では「%」の列だ。けれど近ごろ机に届くのは、新しい処方より苦情票のほうが多い。先週の一枚にはこうあった。「電車で三駅、頭が割れるようだった。前の席の柔軟剤」。製品ロット番号の欄に、私が二〇一六年に書いた処方の番号が入っていた。

その処方を組んだとき、私は「もっと香らせろ、弱いと売れない」と言われていた。残香のムスクを足し、ラストを重くした。当時の社内評価で残香は5点満点の4.5。狙い通りだった。十年たって、同じ数字が苦情票の上限を超えている。私が誇った0.5点が、誰かの三駅分の頭痛だ。

同じ製品に、満足の声も並ぶ。嗅覚には個人差がある。あるムスクを強く感じる鼻と、ほとんど拾わない鼻が、同じ車両に乗っている。さらに、毎日同じ柔軟剤を使う人の鼻はその香りに疲れ、感じなくなる。嗅覚疲労だ。本人の「ほのかに香る程度」は、隣では車両いっぱいの霧になる。苦情票の住所欄を見ると、満足と苦痛は同じ沿線に並んでいた。

だから増えた依頼は、足し算ではなく引き算だ。先月、ある「無香」の柔軟剤の処方表に判を押した。原料の素の匂い——洗っても残る油っぽさ——を覆うために、その表にはマスキング香料の行が一つ、確かに入っていた。ラベルには大きく「無香」と刷る。香料ゼロではない。香りを消すために香りを使う、その一行に判を押す手は、入社一年目の私が見たら止めただろう。

微香の処方は、消え際を探す作業だ。かつて三十も並んだ数字が、いまは一桁に届かない。ローズ0.3、ムスク0.1。0.1を0.08に削ると、素の油の匂いがふっと顔を出す。0.12に戻すと、苦情票の鼻にはもう強い。その0.02の幅を、私は一日かけて行き来する。香りを足す喜びで覚えた手が、いまは削る精度で動いている。

先日、市立図書館の閲覧室の相談を受けた。窓のない地下、空調の効きが弱い席で、利用者から「隣の人の香りで本が読めない」と苦情が続くという。担当者は「香料は何 ppm までなら大丈夫か、線を引いてほしい」と言った。私は引けなかった。私の機械は空気中の香料を測れるが、どの濃度を苦痛と呼ぶかは鼻が決める。最も敏感な一人を守る数字を出せば、その部屋から香りは消える。出せなかった数字を、私はメモ帳に空欄のまま持ち帰った。

社内では、残香評価の上限を5点満点の4.5から3.8へ下げた。二〇一六年の主力処方を新基準で測り直すと、4.6で不合格になる。十年前に「もっと」と言われて足したムスクを、いま自分の手で0.4だけ抜く。抜いた瓶をムエットに取って嗅ぐと、香りは確かに痩せて、けれど苦情票の三駅は、たぶん一駅短くなる。

香りを愛してこの業界に入った。すれ違いの一秒を数字で作れることが誇りだった。いま私は、その一秒に名前を貼られた苦情票を一枚机に置き、ムスクを0.4抜いた瓶を、もう一方の手で嗅いでいる。どちらが正しいかは、まだ書けない。図書館に渡せなかった空欄のページだけが、いまも私のメモ帳に挟まっている。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。