ヤシロカンナ(51歳・クリーニング工場のアイロン職人29年)
月曜の朝、工場は白で埋まる。週末に出された一週間分のワイシャツが、まとめて流れてくるからだ。ラインのハンガーが端から端まで白で、午前のあいだ、私はその白の川を渡し続ける。窓の外にはまだ薄い朝の光が差していて、蒸気の白さがいっそう際立つようだった。
プレス機は、襟と身頃を別に挟む。まず身頃をボタンの位置で広げて、上下の鉄板で挟む。蒸気が抜けて、鉄板が下りて、戻る。それで前と後ろ。袖はまた別に通す。一枚あたり、慣れた者で四十秒、遅くて一分。午前のノルマは二百枚と決まっている。指は数えていないのに、終わりの頃には残り何枚かが分かる。
機械が通すのは身頃までで、襟と袖口だけは手で仕上げる。ここが分業の境目だ。プレスを通したシャツが私の台に来て、私は襟の折り目を立て、袖口の二枚重ねの角を出す。襟の裏に小さなアイロンを入れて、表に返して押さえる。客が一番見る場所だから、ここだけは機械に任せない。何百枚の白の中で、手が触れるのは襟と袖口の、ほんの数センチだ。
糊の濃さには、注文がついている。この辺りの客は固めが多い。襟がぴんと立って、指で弾くと音がするくらいがいい、と言う。隣町から回ってくる分は、なぜか柔らかめの指定が多い。土地で好みが違うのか、取次店の癖なのかは分からない。私は伝票の「糊・強」を見て、霧吹きの濃度を変える。固い襟は、夕方になると私の指先も乾いてくる。
ボタンが割れていたら、貼り紙をして上司に回す決まりだ。プレス機の鉄板に挟まれて割れることがある。割れたまま客に返してはいけないから、「ボタン割れ・○番台・○時」と紙に書いて、シャツに留めておく。私は割らないように、ボタンを縫い目の溝に沈めてから挟む。二十九年で、自分が割った記憶はほとんどない。だが貼り紙の束は、毎週それなりに溜まる。
同じ家から来る五枚のシャツ、というのが分かることがある。襟の汚れ方が似ているし、糊の指定も同じだからだ。ある家の五枚は、襟の内側の、首の後ろにあたるところがいつも同じように灰色だった。それがある月から、急に薄くなった。職場が変わったのか、働き方が変わったのか。考えてもしかたのないことだ。私は服のことだけ考える訓練を、長くしてきたのだから。
左の袖だけ日に灼けて、白が少し黄ばんでいるシャツがある。運転の多い人だ。窓から射す光が、いつも左の腕に当たっている。右と左で白さが違うシャツを、私は何度も見てきた。アイロンでは灼けは戻らない。私にできるのは、折り目をきちんと立てて、灼けていないように見せることだけだ。それも仕事のうちだと思う。
何百枚も仕上げて、ほとんどは覚えていない。けれど手が覚えているシャツが、数枚だけある。あの家の灰色の襟、左袖の灼けた一枚、糊を固くしすぎて指を切りそうになった硬い襟。顔は知らない。名前も知らない。それでも、手のほうが先にそのシャツを覚えている。午前の白の川の中で、ときどきそういう一枚が流れてくる。
正午が近づくと、ラインの白がまばらになる。二百枚を渡し終えて、私は霧吹きを置く。一週間分の白を渡すこと、それが私の月曜の午前なのだ。誰のものか知らない服に折り目を立て、襟を立て、また流す。白の川を渡すのが、私の仕事なのだと思う。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。