ヨブコダイ(46歳・LPガス配送24年)
軽トラの荷台には、交換用のボンベと、緑の容器に入った石けん水が積んである。実の五十キロ、空の十六キロ。担いだ瞬間に、どっちか分かる。二十四年、その重さの差の中で働いてきた。
二〇〇二年、二十二歳でこの販売店に入った。最初の一週間、腰で持って痛めた。先輩に膝で持てと言われ、階段で一段ごとに膝を入れ、腿にボンベを乗せて登る登り方を、奥の三軒のある坂の家でようやく覚えた。あの家の十一段は、いまでも体が段数を覚えている。
交換の手順は短い。元栓を閉め、調整器を外し、新しいボンベをねじ込み、元栓を開ける。数日で誰でも覚える。先輩はそのあと、必ずもう一手やれと言った。接続部に刷毛で石けん水を塗る。「ガス屋は配達じゃない。保安だ」。それだけ言って、自分の刷毛で塗ってみせた。
泡が出れば漏れている。出なければ通す。理屈はそれだけだ。入って三月目、自分一人で回った日、調整器をねじ込んで石けん水を塗ったら、口金の縁にじわりと泡が盛り上がった。ねじ込みが浅かった。締め直してもう一度塗る。今度は泡が出ない。出ないことを確かめてから手を離す、その手の止め方を、私はその朝に覚えた。先輩は隣にいなかった。
配送は、どの家が何日で空になるかを言い当てる仕事でもある。冬は風呂と暖房で一気に減り、夏はその半分も使わない。帳面の数字と季節を重ねれば、あの家は来週の火曜には空になると言える。言えなければ、誰かの台所の火が朝に消える。
いまはメーターを遠隔で読める。事務所のパソコンに各戸の使用量が並び、検針で一軒ずつ回る必要はもうない。それでも私は点検に行く。数字に出ないものがあるからだ。ゴムホースは、ホースバンドの食い込む際から先に切れる。コンロ裏の、熱で焼けた側からひびが入る。調整器は刻印の製造年を見て、十年で替えると決まっている。
峠の家のおばあさんは、調整器の刻印が二十年前だった。「まだ使えるが」と言った。私は、使えるんですけどね、これ替えとくと冬に止まらんで済みますわ、と言って替えた。「止まる」より「止まらん」で言うほうが、年寄りには通る。値打ちのある嘘ではない。本当のことを、通る側から言っただけだ。
大きな地震のあと、都市ガスは配管を一本ずつ点検するため、復旧に何週間もかかった。私たちはボンベごと運べた。配管を持たないことが、あのときは強みだった。担いで坂を登るだけの仕事が、火を機動力ごと運ぶ仕事になった。あの朝、泡が出ないのを確かめてから手を離した、あの止め方のままで。
二十四年で替えたボンベは数え切れない。何本目だったかは覚えていない。覚えているのは、泡が出た口金のほうだ。締め直して、出なくなって、手を離した、あの朝の一本。