ヨドガワアキ(36歳・競馬場の厩務員14年)
冬の朝は、夜明け前から曳き運動だ。馬房から馬を出し、曳き綱を手に、厩舎街の馬道をゆっくり歩く。三十分ほど、馬の脚をほぐし、目を覚まさせる。吐く息が白く、その白さが朝の空気に溶けていくのを見ながら、私は馬の半歩前を歩く。
冬になると、まず馬服のことを考える。寒いからと厚いのを着せすぎると、馬は汗をかいて、かえって風邪をひく。薄すぎれば体が冷えて、これも体調を崩す。だから前の晩の冷え込みと、その馬の冬毛の伸び具合を見て、一枚にするか二枚重ねるかを決める。冬毛の手入れも欠かせない、と思う。長く伸びた毛の中に汗が残ると、皮膚が荒れてしまうからだ。
外に出る前に、馬場を見る。夜のあいだに冷え込んだ朝は、馬場の表面が凍っている。凍った地面で滑れば、馬は脚を痛める。だから凍った朝は、いつもより内側の、霜の薄いところを選んで歩かせる。一歩ごとに、蹄が地面をつかむ音を聞く。脚元には、いつも以上に神経を使うのかもしれない。
飲水も、冬の大敵だ。水が冷たいと、馬は飲む量が減る。飲水量が減れば、腹の中の動きが鈍って、疝痛の引き金になる。だから朝、馬房のバケツの水位を必ず見る。昨日の朝より目盛りが減っていない馬は、要注意だ。寒い朝ほど、水を飲んだかどうかを確かめる。
寒さへの強さは、馬によってまるで違う。冬になると目が冴えて、馬道に出るなり前へ前へと行きたがる馬がいる。曳き綱がぴんと張って、私はそれを半歩分だけ抑えながら歩く。逆に、寒さで縮こまって、首を下げ、私の後ろをのろのろ付いてくる馬もいる。同じ朝、同じ冷え込みでも、馬の機嫌は一頭ずつ違う。
並んで歩いていると、いろいろなものが伝わってくる。歩様のわずかな硬さ、耳がどこを向いているか、鼻息のリズム。前を向いていた耳が急にこちらに絞られたら、何かに警戒している。鼻息が短く速くなれば、気が立っている。馬房の前で見るのとは違うものが、並んで歩くからこそ分かるのだ。
寒さに手がかじかむと、私は馬の首筋に手を置く。冬毛の下は、驚くほど温かい。自分の防寒着の内側と、馬の体温が、曳き綱一本ぶんの近さでつながっている。白い息を吐く人と馬の列が、まだ暗い厩舎街を、あちこちでゆっくり歩いている。冬の夜明け前の、この景色が私は嫌いではない。
運動を終えて馬房に戻し、日が昇る頃、飼い付けをする。湯を混ぜた飼い葉から、白い湯気が立つ。寒い朝ほど、その湯気が高く上がる。馬が鼻を突っ込んで食う音を聞きながら、私はようやく自分の手を温める。冬の、曳き運動。並んで歩く三十分が、俺と馬の対話なのだと、私は思っている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。