ヨシオカマナ(38歳・スーパー青果部15年)
十二月の発注端末で、苺の数字をいちばん大きく打つ。普段、一日六パックの上等級を、二十三日は四十八パック発注した。ケーキ用だ。粒が大きく、サイズが揃い、ヘタの立った物を最前列に出す。ケーキの上で粒の高さが揃わないと格好がつかないから、揃った物しか前に置かない。パックは、苺のとがった先を上に向けて詰める。潰さないために、向きまで決まっている。
十二月二十三日、平台の横の定点。ひとりの女の人が、いちばん大粒のパックを取った。裏返して、値札を見た。980円。そっと戻した。隣の、粒の小ぶりな498円を取って、かごに入れた。苺が欲しいのではない。ケーキにのせる苺が、その日だけ欲しいのだ。
クリスマスの三日間で、その等級は一年でいちばん高い値をつける。四十八パックは二十三日の夕方に空になった。私は段ボールから出して、また並べた。980円の札を、ためらわずに付けていく。これはケーキの一部の値段で、苺そのものの値段ではない。
一月四日。私はハンドラベラーを握って、値札を貼り替えにいく。980円のパックの上に、680円の新しい札を、指で押して重ねる。カチッと音がして、古い数字が新しい数字に隠れる。同じ産地、同じ等級、同じ向きに詰めた苺だ。箱の中身には指一本触れていない。私が貼り替えたのは、二桁ではなく三桁の、上の数字だけだった。
その四日の昼、見覚えのある人が来た。二十三日に980円を戻した、あの女の人だ。今度は、いちばん大粒の、揃った等級のパックを、裏も返さずにかごへ入れた。年末に戻した手が、正月明けに伸びた。私が貼り替えたのは680円の札一枚で、苺は十二日前と同じ箱から出した同じ等級だ。彼女の手だけが、私の指一本ぶん、動く側へ寄っていた。
苺の産地は、冬のあいだに移る。箱の印字で知る。十二月は栃木、年明けの便から福岡の名が混じり、その先は熊本が来る。県の名前がリレーのように替わっていく。けれど二十三日に戻した手も、四日に伸びた手も、箱の印字は見ていない。見ていたのは、私が指で重ねた札の数字だった。
松の内を過ぎると、苺は最前列を明け渡す。平台の中央は、別の果物のものになる。私は朝、客足が二十三日の半分も来ないのを数えながら、残った上等級に680円を貼り続ける。同じ赤の、同じ箱だ。
二十三日に戻した手と、四日に伸びた手。そのあいだに、私はハンドラベラーで札を一度だけ貼り替えた。動かしたのは三百円の差で、苺は何も知らない。戻すか伸ばすかの線は、客の心の中にではなく、私が指で重ねた札の上に引かれていた。