台風前日の、棚
不安は、品目のリストとして売場に来る

ヨシオカマナ(38歳・スーパー青果部15年)

台風が来る前日、売場はいつもと違う動き方をする。嵐の前の静けさ、とよく言うけれど、売場には静けさなんて一秒も来ない。来るのは、品目のリストだ。何が、どの順番で棚から消えるか。十五年立っていると、その順番には再現性があるように思う。

まず気象情報が、進路予想図を赤い円で描いて出す。すると私たちの発注端末の数字が、それを追いかけるように動きはじめる。前日の朝、店長が発注を前倒しにする。日持ちのする物を厚めに、葉物は薄めに。端末の画面で、じゃがいもと玉ねぎの発注数が、いつもの倍くらいの数字に変わっていくのを、私は横から見ていた。

消える順番には、だいたい型がある。最初にバナナの棚が空く。次にパンの棚、それから卵、そしてカップ麺。青果部にいると、隣の棚のことまで耳に入ってくる。バナナは、子どもに食べさせやすくて、皮をむくだけで日持ちもそこそこある。だから真っ先に手が伸びるのだと思う。

青果の中でも、動く物と残る物がはっきり分かれる。じゃがいも、玉ねぎ、りんご。常温で日持ちする物から、かごに入っていく。逆に、葉物は残る。レタス、ほうれん草、小松菜。傷みやすくて、台風で停電でもしたら冷蔵庫の中で先に駄目になる。客はそれを、たぶん理屈ではなく手で知っている。残った葉物の棚の前を、人がすっと避けて通っていくのが、定点から見ているとよくわかった。

入荷便も乱れる。いつも朝六時に来る納品トラックが、その日は高速の通行止めを避けて回り道をして、四十分遅れて着いた。開店までに棚を作りきれない。発注を前倒しした分の物が、肝心の朝に間に合わない。前倒しの数字と、遅れる便と、押し寄せる手と。三つの時間がかみ合わないまま、開店のチャイムが鳴る。

レジの前には、特設台が出された。水とカップ麺と、それから日持ちする青果を少し。普段は通路の真ん中に置かない物を、いちばん人の流れる場所に置く。誰が指示したというより、売場全体が、来るかもしれない不安のかたちに合わせて、家具の位置を変えていくような感じだった。

夕方になっても、その日は見切りシールがほとんど出なかった。日持ちする物は売り切れ、葉物は残ったけれど、明日も売れるかもしれないから、まだ下げない。発注端末は、翌日の予報をにらんで、いつもより強気な数字を打っていた。みんなが、来るはずの台風のために、少しずつ前のめりになっていた。

そして台風は、逸れた。翌朝、進路予想図の赤い円は、海のほうへ流れていった。前倒しで仕入れた葉物が、棚に残っている。前のめりだった発注が、そのまま過剰在庫になって戻ってきた。私はその朝、見切りワゴンの前で、昨日は一枚も出さなかったシールを、何十枚と貼った。前倒し、入荷、過剰、見切り。逸れた翌日の見切り作業まで含めて、これでようやく一つのサイクルなのだと思う。

不安というのは、心の中にだけあるものではないらしい。それは発注端末の数字になり、消える棚の順番になり、特設台の位置になって、売場に現れる。棚は、町の不安をそのまま映す鏡なのだ。台風が逸れても、人の手が動かした分の在庫だけは、ちゃんと残る。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。