火袋の、紙
工房に入った年、畳んだ薄さを見ろと言われた日

ユゲタマオ(29歳・提灯職人10年)

提灯をつくって十年になる。家業の四代目で、十九の春に工房へ入った。竹の骨に紙を貼って、灯りの形をつくる仕事だ。祭りの提灯も、弔いの提灯も、同じこの手でつくっている。温かい灯りを灯すための仕事だと、入った頃の私は思っていた。

提灯の骨は、一本の竹ひごを螺旋に巻いてつくる。型に巻きつけていくのだが、これがなかなか言うことを聞かない。等間隔に、ゆるすぎず、きつすぎず。最初の半年は、巻いた骨が型から外した途端にばらけて、何度も巻き直した。竹は生きているから、その日の湿気で締まり方が変わる。指がそれを覚えるまでに、ずいぶんかかったように思う。

骨ができたら、紙を貼る。火袋の紙は、一枚ずつ、少しずつ重ねて貼っていく。刷毛に糊を含ませて、骨の上を撫でるように紙を置いていく。皺が一本でも入ると、灯りを入れたときにそこだけ影になる。皺なく貼る手の運びは、力ではなく、速さと角度で決まる。糊が乾く前に、迷わず置ききること。

文字を入れるのは、また別の技だ。提灯の文字は提灯文字という独特の書体で、太く、丸く、隙間を詰めて書く。難しいのは、膨らんだ面に書くことだ。平らな紙に書く字とは勝手が違う。曲面の上で、筆が逃げる。父に教わりながら、何百回と「祭」の一字を書いた。膨らみに負けない字、というものがあるのだと知った。

工房に入って一年が過ぎた頃、祖父が一つ、私のつくった提灯を手に取った。灯りを入れて、しばらく眺めて、それから灯りを消し、つぶすように畳んだ。竹の骨が音もなく重なって、提灯は手のひらに乗るほどの薄さになった。祖父は言った。「提灯は畳めて初めて提灯だ。広げた形より、畳んだ時の薄さを見ろ」。

そのときは意味がよく分からなかった。けれど、祖父の手の中の薄さを見ているうちに、少しずつ分かってきたように思う。提灯が他の灯りと違うのは、畳めることだ。畳む構造こそが提灯の発明で、火袋の紙と骨のあいだには、畳むための遊びが設計されている。広げたときの美しさのために骨があるのではなく、畳めるために骨があるのだ。私はそれまで、広げた形ばかり見ていた。

仕事には波がある。夏が近づくと祭りの提灯の注文が一気に増えて、工房は朝から晩まで紙と糊の匂いに満ちる。かと思えば、盆には盆提灯の箱が積まれる。同じ提灯でも、祭りのそれと弔いのそれとでは、灯りの顔がまるで違う。近所の居酒屋の赤提灯の修理も来れば、雨に濡れてふやけた提灯の張り替えも来る。灯りには、二つの顔があるのだと、だんだんに思うようになった。

あの日から、私は畳んだ薄さの観察者になった。広げて灯りを灯したときの華やかさよりも、火を消して畳んだときの、あの静かな薄さのほうに、提灯の本当の姿があるのかもしれない。祭りの賑わいも、弔いの静けさも、最後は同じ薄さに畳まれて、箱の中で眠る。畳んだ薄さが、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日も工房には、竹ひごと刷毛と、提灯文字の筆が、静かに並んでいる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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