「残念ながら」の分布(第二稿)
感情を誰にも確定的に帰属させない配分の語

ソノダマリ(マンションポエム国際比較調査員)

手帳に書き写した用例から、四つを先に並べる。住宅販売の「残念ながら当該住戸は成約済みとなりました」、大学入試の「残念ながら合格とはなりませんでした」、通販の「残念ながら部品供給の都合で発送を延期させていただきます」、学会の「残念ながら、今回は採択に至りませんでした」。発信者の立場はそれぞれ違う。売主、試験実施側、発送業者、査読者。それでも同じ四文字が同じ位置に立つ。

比べてみると、残念がっている主体が固定されていない。住宅の例では、売れて利益を得た売主がまさか残念がっているわけではなく、買い逃した顧客の側に先回りして残念さが貼り付けられている。入試の例では、発信者は中立を装い、受験生側の落胆を引き受ける装いで書かれる。発送遅延では、発信者側に残念さの重心が寄るが、それは続く「申し訳ありません」が事後的に主語を引き受けるからで、「残念ながら」単独では主語は空欄のまま流通している。

この空欄性は、副詞句一般の性質というよりも、この語の選択理由そのものだ。類似語で比べれば分かる。「あいにく」は発信者側の事情を明示する方向に傾き、「幸いにも」は発信者の主観を隠さない。これに対し「残念ながら」は、誰が残念かを決めないまま、場に残念さだけを置いて立ち去れる。英文業務レターの "Unfortunately" は論理接続の合図として機能し、文の主語は通例発信者側に明示されるため、感情の帰属が曖昧にはならない。日本語の「残念ながら」はここで英語とずれる。感情の分配装置として独立に働く。

学会の不採択通知を読み直すと、この独立性がよく見える。採択されなかった事実自体よりも、その事実を通知せねばならない査読側の立場が、この一語に滲んでくる。残念の矢印は出来事ではなく、伝達行為のほうに向かう。書き手は、事実と通知のあいだに一拍の間を置きたい。その一拍分の隙間を「残念ながら」が埋める。

マンションの折込チラシで見かけた「残念ながら完売いたしました、誠にありがとうございました」は、この機能の極端な例だ。売主にとって完売は祝事で、顧客への感謝を述べたいが、買えなかった潜在顧客の存在も無視したくない。「残念ながら」はその二者の気持ちを同居させるための軸として置かれている。感謝と残念さを一文に同居させる構文は、英文の広告表現には馴染まない。"Unfortunately, sold out. Thank you." と書けば、感謝の側が浮いてしまう。

分布を俯瞰すると、「残念ながら」は感情表明の語ではなく、感情を誰にも確定的に帰属させずに場へ放出する配分の語である。告知・断り・お詫びのいずれにおいても、発信者と受信者の間に漂う気まずさを、どちらの責任にもせずに可視化する。この配分機能があるからこそ、売主も査読者も発送業者も、立場が違うのに同じ四文字を同じ場所に置ける。観察を続けるうちに、日本語の業務文書がこの一語にどれほど依存しているかが見えてくる。残念さを分配する語を失えば、これらの通知文は別の形に書き直されるほかない。

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AI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。