学生服の、金ボタン(第二稿)
三月、あげた側の母親が買いに来る

アガツマレイコ(62歳・ボタン店主40年)

三月になると、金ボタンの段が軽くなる。床から天井までの小抽斗のうち、その一段だけ、把手を引く手応えが急に抜ける。年に一度、ここがいちばん減る。在庫は、減る順に痩せていく。

来るのは二種類だ。失くした一粒の補充と、第二ボタンの後の補充。失くしたほうは子の母親が、第二ボタンのほうも母親が来る。あげた側の母親が、空いた穴を埋めに来る。もらった子のことは、店では一度も顔を見ない。

金ボタンには校章入りと無地がある。校章入りは指定の店にしか回らない。一度だけ、廃番の抽斗にその一粒がある。桜の彫りが五十年こすられて、輪郭しか残っていない、あの金ボタンだ。いま母親に渡す無地の汎用を、その隣に置いてみる。彫りのない無地は、指の腹で撫でても引っかからない。重さも、わずかに軽い。校章のぶんだけ、向こうが重いのだ。それでも母親たちは、「式までに」と言って無地を買っていく。詰襟の金は、遠目には彫りまで見えない。前から二つ目の穴が空いているほうが、よほど目立つ。

詰襟のボタンには大小がある。前を留める大きいほうが径二十ミリ、袖口に並ぶ小さいほうがその半分。三月の母親が手のひらに置くのは、たいてい前ボタンだ。袖の小さいのは、失くしてもしばらく気づかれない。留め方の金具にも世代がある。古い詰襟は、足にリングを通して布裏で留める。最近のは、布を挟んでパチンと留める。「裏が割れていて」と言えばリング式、「パチンとはまっていた」と言えばタック式。事情は聞かない。前か袖か、リングかタックか、それが先に教える。

いつだったか、若い母親に聞かれた。「第二ボタンって、なんで第二なんでしょうね」。答えられなかった。四十年このボタンを売って、なぜ二番目なのかを考えたことがなかった。私は「さあ」と言って、釣り銭を渡した。

家に帰って、調べた。心臓に一番近いから、という俗説が出てきた。本当かどうかは、分からない。それからしばらく、次に聞かれたら教えようと思っていた。

けれど、言っていない。聞かれるまで言わない。客は一粒を探しに来るのであって、講釈を聞きに来るのではない。失くした一粒の母親も、あげた一粒の母親も、同じ無地の段から、同じ径の一粒を選ぶ。私は同じ紙に包んで、同じように渡す。その手の早さで、今夜じゅうに縫いつけたいのが分かる。聞かれていない俗説は、廃番の抽斗の、彫りの消えた金ボタンの隣にしまっておく。

三月が終わると、金ボタンの段の把手の手応えが、また重くなる。先週渡したリング式の一粒は、布裏で錆びるだろうか、それともあの母親が、裏まで拭いて留めただろうか。それは、もう私の手を離れた。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。