アオヤギレン(34歳・動物園飼育員12年)
夕暮れの園内に閉園を告げる音楽が静かに流れ、最後の客が出口へ消えると、私の一日でいちばん大事な仕事が始まる。点呼だ。担当する動物を、寝室に収容しながら、一頭残らず数える。数が合って、はじめて帰れる。
動かないものを数えるのはやさしい。動くものを数えるのは、難しい。群れで飼っているサル山の個体は、こちらが数えているあいだも移動をやめない。岩の陰へ回り、また出てくる。さっき数えた一頭を、もう一度数えてしまう。これを二度数えと呼ぶ。逆に、二頭が重なって一頭に見え、数え漏れることもある。多すぎても少なすぎても、点呼は合わない。
だから順番に収容する。収容扉を開け、餌を寝室の奥に置いて誘導する。一頭入れば、扉を閉め、チェック表の升目に印をつける。開閉音が、岩山に短く響く。入る、閉める、書く。入る、閉める、書く。この繰り返しのなかでなら、動くものも数えられる。動いているものを止めて、ひとつずつ箱に入れていくようなものだ。
収容には順番がある。そしてその順番に、群れの序列が出る。強い個体から先に入って奥の藁を占める。弱い個体は、強いのが入りきるまで扉の前で待っている。誰が先で誰が後か。それは飼育員が決めたのではなく、彼らが決めていて、私はそれを毎日なぞっているだけだ。点呼表の印の順番は、そのまま序列の写しになっている。
毎晩きまって、最後まで渋る個体がいる。餌で誘っても扉の手前で止まり、こちらを見て、また岩へ戻る。渋り方にも個性があって、ある一頭は入ると見せかけて振り返り、別の一頭はただ動かない。彼らがどうして渋るのか、本当のところはわからないのかもしれない。ただ、客のいない時間の彼らは、昼間客の前で見せる顔とはまるで違う。閉園後の動物のほうが、ずっと素なのだ。
素になった群れを、藁の匂いのする寝室へ、一頭ずつ。最後の一頭が入り、扉が閉まり、私はチェック表を上から下へ目で追う。印が、頭数に足りない。一頭、足りない。
足りないと気づいてから、もう一度数え直すまでの数分が、いちばん静かだ。客はいない。同僚も自分の獣舎にいる。私は誰もいない岩山に立って、印のついていない升目を見ている。消灯はまだできない。夜間警備への引き継ぎ簿に、異状なし、とはまだ書けない。あの渋り屋が、岩の陰でこちらを見ているような気がする。
数え直す。岩の陰から、最後の一頭が、ゆっくり出てきた。扉を閉め、最後の升目に印をつける。数が合った。消灯し、引き継ぎ簿に、異状なし、と書く。点呼とは、動物たちとの一日の終わりの、静かな挨拶なのだと、いまでは思う。それが合った夜だけ、私は安心して、彼らに背を向けることができる。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。