保留の三十秒
保留ボタンを押した瞬間、二つの時間が流れ始める

アリムラサキ(27歳・コールセンターオペレーター5年)

「確認いたしますので、少々お待ちください」。この台詞を言うとき、私の右手の親指は、もうボタンの上に乗っている。保留ボタンは数字キーの右下、♯のすぐ下にあって、見なくても押せる。押すと、向こうの世界がふっと遠くなる。お客様の声も、後ろの生活音も、一瞬で消える。私の耳には、自分の息だけが残る。

保留にした瞬間から、二つの時間が流れ始める。こちら側では、在庫システムの検索窓に品番を打ち込み、結果が出るのを待ち、出なければSVのいる島のほうを見て、ハンドサインを送る。手のひらをこちらに向けて軽く上げるのが「来てほしい」、指を二本立てるのが「在庫の確認」。SVが屈んで耳を寄せ、私は口だけ動かして要件を伝える。声は出さない。保留中でも、向こうのお客様には届くかもしれないから。

向こう側の時間は、まったくちがう。お客様の耳には、保留音だけが流れている。曲名は知らされていない。研修でも教わらなかったし、五年経ったいまも知らない。たぶん権利の都合か何かで、社内のどこかに名前があるのだろうけれど、私たちオペレーターには伏せられている。私が一日に何百回もお客様に聴かせている曲の名前を、私は知らない。お客様の耳に流れている三十秒を、私は一度も聴いたことがない。

保留の長さは、後処理画面のどこかで秒まで計られている。AHT——平均処理時間——には、保留している時間も全部入る。だから長く保留するほど、私の一日の数字は重くなる。検索が引っかからないとき、SVがほかの席に呼ばれていて来られないとき、こちら側の時間だけがじりじりと伸びていく。その伸びは、向こう側ではただの無音の長さでしかない。同じ三十秒を、二つの時計が別々に数えている。

戻るときには、いつも小さく息を吸う。保留を解除する直前の、半呼吸ぶんの間。それから親指でボタンを離して、最初に言うのは「お待たせいたしました」だ。けれど、この一言は、待たせた長さによって言い方が変わる。三十秒なら、ほとんど切れ目なく続けられる。さらりと言って、すぐ用件に入れる。三分待たせたあとの「お待たせいたしました」は、もう別の挨拶だ。語尾が少し下がって、頭が一度沈む。同じ六文字なのに、三十秒のそれと三分のそれは、口の中でまったく別の重さをしている。

保留を解除したその一瞬、ときどき、向こうの生活が漏れ聞こえる。お客様は保留のあいだ、私がいないと思って、自分の暮らしに戻っている。テレビの音、誰かを呼ぶ声、犬の鳴き声。保留が切れて私の「お待たせいたしました」が届くまでの、コンマ何秒かの隙間に、その音が一度だけ流れ込んでくる。お客様が「あ、はい」と受話器に戻ってくると、生活音はまた遠ざかる。私が聴いていたことに、お客様は気づかない。

あるとき、三分近く保留してしまった通話があった。在庫がどうしても出てこなくて、SVも二度呼んでようやく来た。やっと解除して「お待たせいたしました」と言ったその瞬間、受話器の向こうで、子どもが「ママ、できた!」と叫んだのが聞こえた。お客様は「はい、ごめんね、ちょっと待ってね」と、私にではなく子どもに言ってから、「すみません、お待たせして」と私に向き直った。待たせていたのは、本当はどちらだったのか。私はその通話のあいだ、この人の三分を借りていたのだ。

保留とは、何を保留しているのだろう。言葉の意味のうえでは、用件を一時的に止めているだけのはずだ。けれど実際に止まっているのは、お客様の生活のほうだった。私がボタンを押すたび、向こうの暮らしが一時停止して、保留音という名前も知らない曲のなかで、宙づりになって待っている。私は在庫を確認しているつもりで、その人の三十秒を、三分を、預かっていた。

保留の三十秒にこそ、この仕事の本質があるのだと、いまは思う。声だけで人と会うこの仕事で、いちばん深く相手と関わっているのは、もしかしたら、声を交わしているときではなく、声を止めているこの沈黙のあいだなのかもしれない。今日も私は親指をボタンに乗せて、「少々お待ちください」と言う。二つの時間を、また始める。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。