瀬川千遥(20歳、名古屋の私立大学 経営学部2年、女子。一人称は「あたし」)
経験の少ない人
カフェの午後・1
午後一時すぎ、吹上のル・ジャルダン。窓際の席は冷房の風が直接あたって、ののかは入って五分でカーディガンを脱いだのに、あたしは腕をさすっていた。テーブルが少しぐらついたので、コースターを二つ折りにして脚の下に入れた。隣の二人は就活の話をしていて、片方がさっきからずっと「御社」と言っている。九十分だけ、と決めてある。四限まで。
「経験が少ない人って、話、つまんないんだよね」
「決めつけるね」
「決めつけじゃない。イケメンで陽キャじゃないと、そもそも誘われる回数が少ないじゃん。誘われないから経験が増えない。話すことがないから、次も呼ばれない。一回呼ばれた人は、その場でまた話が増える。で、次も呼ばれる」
「おとなしい人でも面白い人、いるよ」
「いる。でも、おとなしいから面白いんじゃない。何かある人は、その何かをやってる。人に会ってるか、一人で変なところに行ってるか」
ののかは否定しなかった。
「この前の飲み会も、メニュー見て『サイズは?』って聞いただけで、あいつ『俺に聞く?』って。早すぎ」
ののかが先に吹き出した。あたしも笑った。全員に届くまで一秒もかからない笑いだった。
「でもああいうのは無理。隣で笑うぶんにはいい」
「罰ゲームで駅前の銅像に土下座したやつもいたじゃん。膝までついて」
「動画、面白かった」
「面白いけど、あの面白さ、あいつが作ってるわけじゃないじゃん。罰ゲームが作ってる」
「引き受けて最後までやったのは、あいつだよ」
「……それはそう。逃げないから、次も振られる」
「土曜の、あれ、行った?」
「うん」
「だよね」
そこであたしは、次の話に移った。
髪の根元は三週間ごとに染め直す。次は来週の木曜、三限のあと。そこを逃すと土曜になって、土曜は二千円上がる。予約も代金も先に予定へ入れてある。伸びると、急に、手を抜いた人に見えるから。化粧はトイレで二回直した。一回目は頬と口元、二回目は目の下だけ。
「千遥は? 夏、なんかした?」
「なんかって」
「なんでも」
バイト。免許の合宿の予約。あとは。
「ゼミの子が合宿で教官にキレられた話、聞く?」
「聞く」
話し始める前に、順番はもう決まっている。どこで区切るか、どこを抜くか。
九十分が過ぎた。会計に並んで、ののかが財布を開きながら言った。
「千遥は話、面白いよ」
あたしは、そう、と言った。それから、そういえば、と続けた。先週サークルの先輩がやらかした話だった。
ののかは笑った。外に出ると、まだ明るかった。