核は強い。改訂前と改訂後の本が同じ著者のシリーズで棚に隣り合い、利用者が指で読み比べるという矛盾。辞書にない新語の切り方をノートに一語ずつためること。そして付箋を一冊のページの端にずらりと貼り、切り方の揺れを通しで追う校正。この三つは、この職業にしか書けない。問題は、書き手がその三つを信用せず、春の光と紙の匂いで部屋を立ち上げ、留保語尾で逃げ、最終段で主題を自分で解説してしまっていることだ。とりわけ致命的なのは、デビュー作の辛口レビューで一度叩かれたはずの「春のやわらかな光」「紙とインクの匂い」「私をいまの私に」型の装置を、二作目でほぼそのまま再演していること。前作の反省が効いていない。
「窓の外には春のやわらかな光が差していて、点訳室には紙とインクの匂いが静かに満ちている。」
これはデビュー作第一稿の「窓の外にはやわらかな春の光が差し込んでいて、点訳室には紙とインクの匂いが静かに満ちていた」とほぼ同一の文で、しかもそれは前作のレビューで「雰囲気が人物より先に立っている」と名指しで削られた一文です。同じ装置を二作目の冒頭に再投入したのは、改稿の学習が一切働いていない証拠。点訳室の手ざわりを出すなら、光や匂いではなく、点字用紙の厚さ、亜鉛板に打つ点筆の音、墨字原本のページの開き癖のはずです。
「申し訳ない気持ちになるのかもしれない。」「新語は、もっと難しかったと思う。」「集中力のいる作業だと思う。」「最終審級なのだと思う。」
校正員は切れ目を断定で決める職業です。決めなければ点字本は刷れない。その人物の回想が「〜のかもしれない」「〜だと思う」で薄められているのは、語り手の慎重さではなく、断言を避ける作者の保険に見える。とくに「申し訳ない気持ちになるのかもしれない」は、自分の感情にすら留保をかけていて不自然。十年やった人間は、自分が申し訳なく思うかどうかくらい知っています。
「新人が同じ場所で同じように迷っているのを見ると、なんだか胸が温かくなる。福祉の現場は、こうして人から人へ手渡されていくのだ。」
「胸が温かくなる」「人から人へ手渡されていく」は、どの福祉ルポの結びにも貼れる汎用シールで、ドヒカナデである必然がない。高齢化・新人講習会という重い題材を、感動の定型で蒸発させています。本当に書くべきは温かさではなく、講習会テキストの分かち書きの章に「十年前に自分がつまずいた例がそのまま載っている」という、その一点の具体だけ。説明を消して例を残せば、温かさは読者が勝手に感じます。
「たとえばある商品名を、どこで切るか。」「インターネット用語、新しいサービスの名前、誰かが作ったばかりの言葉。」
「ある商品名」「インターネット用語」は概念であって観察ではない。この核はエッセイで一番おいしい題材なのに、具体語が一つも出てこない。実在の語を出せない事情があるとしても、せめて「カタカナ六文字のあいだに切れ目が二つも入りうる語」のように、切る判断の手ざわりを書くべきです。今は「辞書にない言葉は難しい」と言っているだけで、難しさの中身が空っぽ。読み手は何も見えません。
「カタカナの長い連なりを、どこで息継ぎさせるか。」
「息継ぎ」は耳で聞く言葉のための比喩で、指で読む点字の分かち書きの本質をずらしています。触読では、空白は息ではなく、指が次の語へ移るときの「間(ま)」であり、長すぎる無空白は指が現在位置を見失う原因になる。語り手は触読の論理で語るべきで、朗読の比喩を借りた時点で、作者が点字を外から眺めていることがばれます。前作で「指は並びを時間として読む」と書けた人物が、なぜここで「息継ぎ」に後退するのか。
「言葉の切れ目が、読みやすさを決めるのだ。どこで切るかは、規則だけでは決まらない。辞書にない言葉も、改訂で変わる言葉も、最後は指で読む人の声が決める。」
これは本文で一度ずつ具体例として見せたことを、最終段でもう一度、命題として言い直しただけの要約です。「規則だけでは決まらない」は本文の相談の場面が、「最後は声が決める」は意見カードの場面が、すでに体で語っている。同じことを抽象語で繰り返すたびに、せっかくの場面の値打ちが下がる。エッセイの主題を主題文として書いたら、それはもうエッセイではなく要約です。前作レビューの「説明が運ぶのではない。意味は動作が運ぶ」が、ここでも丸ごと当てはまる。
「指先には、今日も、読むべき六つの点と、その間の空白が灯っている。」
これは前作第一稿の「指先には、今日も、読むべき六つの点が灯っている」に「と、その間の空白」を足しただけの結句で、これも前作レビューで余韻の偽装として処理された型です。同じ作者の二作目が、前作の捨てたはずの結びを使い回しているのは、声の継続ではなく手癖の継続にすぎない。締めは灯火の静物画ではなく、通し校正の付箋の列のような、その日その本にしかない物で終えるべきです。
残すべきは三つ。改訂前後の本が同じシリーズで棚に隣り合い、利用者が指で読み比べてしまう矛盾。新語の切り方をノートに一語ずつためる手つき。そして付箋の列で一冊の揺れを通しで追う校正。削るべきは、前作の使い回し(春の光・紙の匂い・灯る六つの点)、留保語尾、福祉美談、「息継ぎ」の比喩、最終段の主題解説。改稿では、固有名詞か新語の切り方を一語だけ実演で見せ(分解して、ここが意味のまとまりだ、と決める動作で)、意見カードの「読みにくい」を抽象で受けず一枚の具体的な文面で受け、締めは付箋の列という物で終えること。声の継続とは、前作の文を再利用することではなく、前作で掴んだ「指は並びを時間として読む」という認識を、新しい題材で更新することです。