核は強い。木綿とポリの手触りの差、湿気で固まって「返事をしない綿」、そして「母の布団なんです」の一言。この三点だけで一本立つ。デビュー作で「綿のへたりを読む」職人を作った書き手が、二作目で「読めても直せないものがある」という一段深い場所に踏み込んだのは正しい。問題は、その核を書き手自身が信用しきれず、戸口の雨と匂いで場面を立ち上げ、最終段で主題を直叙して回収してしまっていることだ。職業の手つきも、要のところで一箇所、嘘をついている。
「読んで、戻せるものは戻し、戻せないものには戻せないと言う。断ることも、布団屋の仕事なのだ。」
エッセイの主題を、主題文としてそのまま書いてしまっています。「断ることも布団屋の仕事なのだ」は、本文がすでに八枚かけて見せてきたことの要約であって、最後に貼る判子です。読者が「母の布団なんです」の段で自分でたどり着くべき結論を、作者が先回りして言葉にしている。前作の「打ち直しとは、そういう仕事なのかもしれない、と思った」と同じ型を、二作目でまた繰り返してしまっている。ここは削るのがいちばん効く。
「雨の日には、湿った外気と、たたんだ布団の重たい匂いが、店の奥まで流れ込んでくる。」
雨、匂い、流れ込む空気。「情緒のある店先」を安く調達する三点セットです。この匂いの段は、次の「湿気で固まった綿」という核と機能が重複しているうえに、核より先に置かれているので、本物の観察(固まった綿の重さ)の前座に雰囲気を盛ってしまっている。三十六年戸口に立った人が雨の日にまず気づくのは「重たい匂い」という形容ではなく、たとえば客が布団を抱え直す手つきや、濡れた風呂敷の結び目のはずです。
「私はその匂いで、布団がどれくらい湿気を吸っているかが、なんとなく分かる。」
「なんとなく分かる」は、断定で生きている職人の言葉ではありません。三十六年触ってきた人なら、湿気は「なんとなく」ではなく、持ち上げたときの目方で分かる、と言い切るはずです。後段で「機械に載るか載らないか、という話なのだ」と威勢よく断言しているのと、この「なんとなく」は矛盾している。留保語尾は、職人の自信ではなく、断言を避ける作者の保険に見えます。
「羽毛の布団も、打ち直しの機械には載らない。……うちにはその設備がないので、専門の業者に外注する。」
外注、という言葉で済ませてしまっています。実際にこの仕事をしている人なら、外注先がどこの誰で、納期が何日で、戻ってきた羽毛布団の側生地が前と微妙に違うことを客にどう詫びるか——そういう手触りが一つは出るはずです。「専門の業者に外注する」は概念であって観察ではない。羽毛の段はこのエッセイの中で最も借り物に見えるので、一行で具体を入れるか、いっそ削るかのどちらかです。
「値打ちの話と、技術の話を、客はよく混同する。」「高い安いではなく、機械に載るか載らないか、という話なのだ。」
この二文は、同じことを抽象語で二度言っています。しかもその直後に客の「安い布団だから、もういいですよね」という生の台詞が置かれている。台詞のほうが百倍効くのに、作者は台詞を信じきれず、前後を解説で挟んでしまった。「機械に載るか載らないか」という言い切りは悪くないが、それを地の文の主張として書くのではなく、客に向かって実際に口にした言葉として書けば、解説は要らなくなります。
「木綿は押すと底まで沈んで、ゆっくり押し返してくる。ポリは表面で跳ね返してきて、握ると繊維がきしむような、つるつるした感触がある。」
ここは触感の描写として良い——のに、後段の「固まった木綿わた」と論理が衝突しています。湿気で板のように固まった木綿は、押しても「底まで沈んで、ゆっくり押し返す」ことはしない。むしろポリのように表面で固く跳ね返すか、いっそ「返事をしない」はずです。つまり戸口の手触りだけでは木綿/ポリは判じきれず、固まった木綿は最も紛らわしい。その紛らわしさこそ職人の経験が効く場所なのに、第一稿は「戸口で押した時点で、私には半分、答えが出ている」と手品のように言い切ってしまい、いちばん書くべき迷いを飛ばしている。
「私は言葉に詰まった。」
「言葉に詰まった」は、どの職業の、どの断りの場面にも置ける汎用句です。三十六年ぶんの「断りの言い方」を蓄えてきた人物の山場が、この一言で済まされているのは惜しい。詰まったなら、いつもなら出てくる断りの定型(「これはうちでは打てません」)が、その一回だけ口から出てこなかった、という具体で書くべきです。人物の動揺は、言葉に詰まったと書くのではなく、いつもの台詞が言えなかった、で運ぶ。
残すべきは三つ。木綿とポリの押し返しの差、湿気で固まって「返事をしない綿」、そして「母の布団なんです」と引き取り処分の料金。削るべきは、戸口の雨と匂いの書き割り、「なんとなく分かる」の留保、そして「断ることも、布団屋の仕事なのだ」の主題直叙。改稿では、戸口の手触りで木綿と固まった綿が紛らわしいことを正面から書いて、職人の迷いを山場に据えること。そして「母の布団」の客には、いつもの断りの台詞が言えなかった、という動作で動揺を運ぶこと。意味は動作と台詞が運ぶ。地の文の主張が運ぶのではない。これは前作のレビューで言ったことの、二度目の念押しです。