「駅階段の左右の流れ」の背後には、生物学と計算機科学の境界領域で発達した概念がある。誰も指示していないのに駅の階段に明確な流れができるのは、個々の通行人が他者の動きを局所的に観察し、わずかな調整を加える結果として、全体に秩序が現れるからである。これを群知能と呼ぶ。
群知能は、個体としては高度な知性を持たない多数のエージェントが、互いの局所的な相互作用を通じて、全体として目的に適った行動を示す現象である。蟻のコロニーが最短経路を探索する仕組み、鳥の群れが一斉に方向転換する流れ、魚の群れが捕食者を避けて散開しまた集まる動き。これらに共通するのは、中心的な指揮者がいないことである。各個体は数メートル先の仲間の動きしか見ていない。それでも全体は機能している。
計算機科学はこの発想をアルゴリズム化した。ACO(Ant Colony Optimization)、PSO(Particle Swarm Optimization)など、個別エージェントの単純なルールから大域的な最適化を引き出す手法群である。
本作で観察されているのは、まさにこの現象である。誰も「右が上り、左が下り」と決めていない。けれど、最初の数人が偶然そう流れた後、後続は自然にその流れに合流する。理由は単純で、流れの中を歩く方が、逆走するより速いからである。一人ひとりは「楽な方を選ぶ」だけだが、それが集積して安定した秩序になる。
逆走する一人が現れると、流れは一瞬乱れる。周囲の人が小刻みにステップを変え、空隙を作り、次の瞬間には流れが復元する。復元の速さも、群知能の特徴の一つである——個別の調整は速く、局所的で、全体の流れに即座に反映される。
群知能が成立する条件は二つある。第一に、各エージェントが他者の局所的な動きを観察できること。第二に、各エージェントが「楽な方を選ぶ」程度の単純なルールで動くこと。この二つが揃えば、複雑な指揮系統がなくても、全体として最適化された秩序が現れる。
金曜の夜、終電近くに流れが弱まるのは、エージェント数(通行人数)が減って、局所的な観察対象が少なくなるからである。本作で「見えるはずのない秩序を、何百人の身体が毎朝書き直している」と書かれているのは、群知能の核心を、生活の中で言い当てている。
シリーズ「裏の糸」は、専門家には当たり前の概念を、暮らしの言葉で語り直す試み。これまでに経済学(外部性〜シトフスキー、公共財、機会費用、アンカリング)、哲学(テセウスの船)、計算理論(NP困難)、生物学(共進化)などを扱ってきた。本作はそれらに続く一本である。シリーズ全作のリストは カテゴリM から。