核は強い。親方の「半分通す」、葦を指でつまんで転がす選別、錘を前後に振る左右のリズム。この三つは簾職人にしか書けない手つきで、ここだけで一本立つ。問題は、書き手がその手つきを信用しきれず、風鈴の鳴る夏の景色という借り物で導入を作り、最終段で「半分通す」を比喩に開いて全部を解説してしまっていることだ。透け加減を指で決める人を語り手にしながら、肝心の数値感覚——どれだけ通すか——が一度も具体的な目の数で書かれていない。職業エッセイは、その職業が毎日触っている量が書けていないと、見学記になる。
「半分通すことが、いまの私を作ってくれたのだろうと思う。今年も冬の工房は静かで、葦の束が出番を待っている。」
成長譚の判子を自分で押して終わっています。「いまの私を作ってくれた」は、どの起源神話エッセイの末尾にも貼れる汎用シールで、ハチスケイである必然がない。葦の束が「出番を待っている」と物に心情を代弁させて締めるのも、余韻の偽装です。読者に渡すべき余白を、作者が先に埋めている。
「日本の夏の風物詩というのか、軒に簾が揺れて風鈴が鳴る、あの涼やかな景色に憧れがなかったと言えば嘘になる。」
簾・風鈴・涼やか。観光ポスターの三点セットで「日本の夏」を安く調達しています。二十七年その素材を触ってきた人間が最初に思い出すのは、風鈴ではなく、葦を割いたときの匂いか、糸の指の痛みか、選別籠の重さのはずです。風情が人物より先に立っており、生成された"それっぽさ"の典型。「憧れがなかったと言えば嘘になる」という言い回し自体も常套句です。
「一日中それをやっていたように思う。」「最初の半年は、ただ錘を振っていた気がする。」「親方は言いたかったのだと思う。」
透け加減を指で断定する職人の回想が、「〜ように思う」「〜気がする」「〜のだと思う」で薄められています。半分通すかどうかを毎日決めている人間は、自分の手の記憶には断定で生きているはずです。この留保は、若手の心もとなさの描写ではなく、断言を避ける作者の保険に見える。とくに親方の言葉の解釈まで「言いたかったのだと思う」で逃げるのは惜しい。言葉は引いたのだから、解釈は語らず動作で受ければいい。
「指でつまんで、転がして、また籠に戻す。」
動作はいい。だが、何を見て「太い」「揃った」と判じたのかが書かれていない。実際に選別した人間なら、基準が一つ出るはずです——「親指の腹で節の段差が分かるのは外掛け用、御簾には使わない」とか、太さを目ではなく指の太さに当てて測る、とか。基準のない「つまんで転がす」は、選別している絵であって選別ではない。同様に「編み目が詰まって見える」と言うが、一寸に何本という目の数が一度も出てこないので、密度の話が概念で止まっています。
「ひごを一本送るたびに、左右の錘を前へ後ろへと振って、糸を交差させて綴っていく。」
これは編み台の解説であって、編んでいる人の身体の記憶ではありません。二十七年やった手なら、錘の重さが手首に残る感じ、振り遅れて目が一つ狂ったときの直し方、糸が一本切れたときの結び目の処理——そういう失敗と訂正の側から書けるはずです。手順を正しく述べるほど、かえって「やったことのない人が調べて書いた」印象が強まる。職業の手つきは、うまくいった工程ではなく、しくじりの記憶に宿ります。
「色の合わせ方、房の垂らし方、縁取りの幅。」「装飾は飾りではなく、決まりごとなのだと、見ているうちに分かってきた。」
御簾の格式という強い題材を、名詞の列挙と「決まりごと」という抽象語で素通りしています。一つでいい、具体の決まりが見たい——「房の色は社で決まっていて、勝手な色を垂らすと宮司に突き返される」のような。列挙は知識の証明にはなるが、観察の証明にはならない。「見ているうちに分かってきた」は、4の留保と同じ逃げです。
「半分通すことを覚えた日から、私は世の中のものを、どれだけ通してどれだけ止めているか、という目で見るようになった。」
完全に解説文です。親方の「その半分が腕だ」がすでに全部言っている。それを人生訓に拡大して言い直すたびに、親方の一言の値打ちが下がる。エッセイの主題を主題文として書いたら、それはもうエッセイではなく要約です。「葦の、目」という題が利いているのだから、目という言葉を本文で説明してはいけない。
残すべきは三つ。親方の「半分通すもんだ。風は通して、視線は止める。その半分が腕だ」、葦を指で転がす選別、錘を振る左右のリズム。これに、密度を表す具体の目の数(一寸に何本)と、しくじりの記憶を一つ足すこと。削るべきは、風鈴と涼やかさの観光ポスター、留保語尾、御簾段落の名詞列挙、そして最終段の人生訓。改稿では、選別の基準を指の感覚で一つ書き、初めて自分の判断で目の密度を決めた一回を動作で描いてください。半分通すという主題は、語らず、編み目の数が運ぶ。説明が運ぶのではない。