「恥」語彙の地層
明治〜昭和前期と現代の「恥」用法の豊かさの差

フジワラレン(研究助手)

「恥」という一字は、現代では気まずさの軽い印にまで薄まっている。だが明治から昭和前期の文学へ降りてゆくと、その周囲にはいくつもの地層がある。恥、廉恥、破廉恥、恥辱、羞恥。似た顔をしながら、触れている場所が違う。顔に出る赤みへ寄る語もあれば、家の名や身の置き所にまで響く語もある。

「恥」はもっとも日常に近い。人前でつまずいた時にも、言い過ぎた後にも生じる。ところが「廉恥」になると、単なる照れでは済まない。胸の内にしまわれた歯止めであり、他者に見られる以前に自分で持ちこたえるための言葉になる。「破廉恥」はその歯止めが壊れ、しかも壊れ方が人目にさらされている時に立つ語だ。「恥辱」は外から加えられた傷としての恥で、当人の内部より先に場の冷たさがある。「羞恥」は最も皮膚に近い。目線の置き場のなさや体温の乱れまで含んだ、感覚に寄った語である。

古い作品の漢語は重たいが、重たいだけではない。「廉恥」や「恥辱」は、感情を個人の内側だけに閉じ込めず、世間との接触面まで含めて名づける。いっぽう「羞恥」は、頬や喉の変化に近い。語の差は、感じ方の差というより、感じる場所の差である。ひとつの出来事に、場の圧と身体の反応という別々の輪郭が与えられていた。

樋口一葉の人物たちは、貧しさや身分のきしみを、ただ困窮としてではなく「恥」の波立ちとして受ける。そこでは恥が家の境遇とすぐ結びつき、女の身の細さに沿って広がる。侮られることはすぐ「恥辱」に触れ、まだ破れていない矜持は「廉恥」の陰として残る。一葉の文章では、この陰が細い糸のように人物を支える。

志賀直哉に来ると、語は少し硬く乾く。彼の作中で目立つのは、他人から浴びせられる辱めより、自分で自分に向ける厳しい視線である。そこで働きやすいのが「羞恥」だ。失策のあと、肉体が先にこわばり、その後で理が追いつく。淡々とした文体の底に、赤面の速度だけが鋭く残る。

太宰治では事情がさらにねじれる。「恥」は単なる失面ではなく、生き延びたことそのものにまとわりつく。人を笑わせる身ぶりの裏に「羞恥」が貼りつき、世間に対する反発の言い方には「破廉恥」という札がぶら下がる。しかも当人はその札を見せびらかしながら、内側では「廉恥」を捨て切れていない。この二重底が太宰の苦さを作る。「恥辱」は彼の場合、外から加えられるだけでなく、自ら進んで傷口をこじあける時にも立ち上がる。

現代語になると、この凹凸が急に平らになる。失言でも場違いでも、ひとまず「恥ずかしい」で受け止められ、軽く流す時は「恥ずい」で済む。便利ではある。だが便利さは区別を削る。赤面と屈辱が近づけられ、照れと自壊まで同じ袋に押し込まれる。

通信の速度が上がるほど、感情の報告も短くなる。返事は反射で打たれ、細かな言い分けは長文の弁解に見えやすい。そこで「恥ずかしい」は万能の緩衝材になる。自分を守るにも、相手を深追いしないためにも都合がよい。その代わり、何に傷つき、どこで踏み外したのかが曇る。

語彙が多かった時代が上等だった、という話ではない。どこが傷んでいるのかを言い分ける道具が手元にあった、ということだ。言葉に段差があれば、感情の形も少し精密に見える。いま要るのは古語の復古ではなく、その段差への感覚である。ひとは人目の中で縮み、なお持ちこたえようとする。その途中に、昔はもう少し多くの名前が置かれていた。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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