ハマオカツバキ(45歳・港湾の潜水士23年)
春になると、潜水会社には若い者が入ってくる。今年も一人来た。プールでの訓練を終えて、いよいよ港で潜る日が来る。澄んだ水で重りの背負い方とホースのさばき方を覚えた者が、初めて本物の海の底に下りていく。その朝の空気には、いつも独特の張りつめたものが漂っていた。
最初の潜りは、いちばん浅くて、流れのない場所を選ぶ。岸壁の内側の、船も入ってこない隅だ。深さは三メートルあるかないか。だが浅くても、濁りは本物だ。プールの水は底まで透き通っているが、港の水は乳色で、手が肘の先で消える。訓練と現場の最大の違いは、深さでも寒さでもない。視界だ。見えないということが、どういうことか。それはプールでは教えられない。
うちでは、新人をいきなり潜らせはしない。最初は船の上で、連絡員をやらせる。水中インターホンを握って、潜っている先輩と話す係だ。「深さどれくらいだ」「あと三十分」。潜る人を支える側を先に知る。下りていく者が、上で誰がどんな段取りで自分を待っているのかを、まず体で覚える。潜る前に、支える側に立たせる。それがうちの育て方だった。
連絡員を何度かやらせたあと、今年の新人が私に訊いてきた。「ハマオカさん、怖くないんですか」。まっすぐな目だった。私はしばらく、どう答えるか考えた。嘘はつきたくなかったし、突き放したくもなかった。海の底に二十三年いた人間として、何を渡すべきか。私はゆっくりと、こう答えた。「怖さは、消えないよ」。
怖さは消えない。けれど、置き場所が変わるのだ。新人のうちは、怖さが頭のど真ん中にあって、手より先に立つ。それが年を重ねると、怖さは隅のほうに移っていく。無くなるのではない。手が動いている間、怖さは少し後ろで待っている。私はそんなようなことを、たどたどしく話したと思う。新人は神妙にうなずいていた。
いちばん難しいのは、手の感覚の教え方だ。「ボルトの頭を探れ」と言うのは簡単だが、見えない水の中で、分厚いゴム手袋越しに、六角の頭をどう探り当てるか。それを言葉にするのが難しい。私は二十三年前、自分が教わったときのことを思い出していた。あのとき先輩は、私の手を取って、石の角に当てた。言葉ではなかった。手から手へ、だった。
新人の、最初の潜りの日が来た。浅い隅で、ホースを持った先輩が付き添う。新人が梯子を下りて、ヘルメットが水面の下に消える。船の上で、私は連絡員のマイクの前に座る。「どうだ」。少し間があって、ざらついた声が返ってくる。「……見えません」。そうだ、見えないんだ。私は心の中でうなずいた。見えないところから、すべてが始まる。
二十分ほどで、新人が上がってきた。ヘルメットが水面を割って、顔が出る。私はその顔を見ていた。水面に出た瞬間の表情は、向くか向かないかを少しだけ教えてくれる。怯えて青ざめているか、それとも、何かをつかんで上がってきたか。今年の新人の顔は、後者だった。濁った水の底で、彼は何かに触れたのだ。私は、ああ、この子は続くな、と思った。
怖さは消えない。怖さの置き場所が変わる、それが潜水士になるということなのだ。新人はこれから何百回と濁りの底に下りて、少しずつ怖さを隅へ移していくのだろう。そして二十年後、彼もまた、新しく入ってきた若い者の手を取って、石の角に当てるのだ。手から手へ。私が教わったように。海の底の仕事は、そうやって受け継がれていく。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。